been dazed and confused for so long 

テレキャノ / 紗倉まな


これは「劇場版」というだけあって、やはり劇場で見るべきだった。
一人じゃハードすぎて恥ずかしいけど…。

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filmarks.com


ラストシーンはずるいくらい綺麗で、なんか本当の
「ブギーナイツ」を観てるみたいだった。

「劇場版テレクラキャノンボール2013」は、
ハメ撮りを専門とするAV監督・カンパニー松尾と、
他数名の監督たちが東京から札幌へ向かい、各地で
素人女性をどれだけナンパしてセックス (さらにその先まで…)
できるかを競う企画の映像作品。

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entertainment.rakuten.co.jp

やっていることがくだらなくて馬鹿で、
でもみんなすごく楽しそう。
一部で異様に評価が高く、これこそカルト的な人気って言うんですかね。
でも分かります、ほんとに面白いから。



私も、多分世間も、最近セックスワーカーに対する意識が変わってきて、
ちょっと前まで存在した「彼らは侮辱していい対象」という風潮が
変わりつつあるのを感じます。
いまだに洋画で (最近観た「アデル、ブルーは熱い色」もそうだった)、
誰かを侮辱するときに「売春婦め」みたいな言葉を使うけど、
あれは元の言語からそうなのか翻訳なのか分からないけど、
今時売春婦を見下すとはどういうつもりだろうかと思う。
売春婦がスケープゴートにされている感。

私も未だに、AV女優はじめ、セックスワーカーをどう定義すればいいか分からないけど、
「テレキャノ」での女優と監督たちは対等で仲良しで、楽しそうだった。
作られた雰囲気かもしれないけど、本当に「ブギーナイツ」みたいだったよ。



ウィキペディアにはこんな項目まで。

性風俗産業に対する差別








最近読んだAV女優の紗倉まなのインタビューも面白かった。
「職業に貴賤なし」だけど、それでも胸を張れる仕事ではない。
色々と難しいAV業界を含めた性産業。
それでも日本の性産業の規模とそれがもたらす経済効果は
ものすごいと思うし、きっと世界一?くらいなのでは?
(勝手な想像)

ちなみに紗倉まなちゃんの著書も読みました。
小説の『最低。』と、自伝エッセイの
『高専生だった私が出会った世界でたった一つの天職』の2冊。
小説の方はいまいち乗れなかったけど、自伝はとても面白かった。



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紗倉まなや上原亜衣など、新しいAV女優って、
これまであったネガティブなイメージが少ない。
彼女たちの努力でそれが払拭されているのか、
単に私の見方が変わったのか。

自分よりもお姉さん世代のAV女優 (Rio、吉沢明歩、蒼井そらなどなど)は、
いくら本人達がバラエティ番組でタレントのように笑いを取っていたり、
AV女優という職業の地位向上を訴えていてもピンと来なかった。
結局その番組も、そういう発言や態度も含め、正直引いてたなあ。
でも今のAV女優ってそうじゃない。
やらされている感が決して無く堂々としている。
けれどそれがエロさを掻き消しているわけでもない。

私は、これまでもずっと、AV女優含め、セックスワーカーに
対する自らの偏見を払拭しようとはしてきたけど、なかなか難しく、
いつも複雑な気持ちでいっぱいだった。


紗倉まなや上原亜衣の登場でようやく、
その偏見から解き放たれた気がします。
そして、長い歴史のなかで、セックスワーカーというだけで
虐げられてきた全ての人たちの魂を救ってあげるのも
あの子達なのかも、と思って、涙が出てきました。






下のリンク、約一年前に書いた投稿だけれど、ジョン・タトゥーロ監督の
ジゴロ・イン・ニューヨークという映画も、
私のセックスワーカーに対する見方を大きく変えてくれた映画です。
ぜひ観てみてください。

『サンドラの週末』にみる労働と人間


ネタバレします

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ダルデンヌ兄弟監督、マリオン・コティヤール主演の
映画『サンドラの週末』を観ました。
ダルデンヌ兄弟の映画は、静かで単調で、
結末もはっきり示されないことが多く、
難解な映画というイメージがありますが、
『サンドラの週末』はめずらしく分かりやすい話の展開で、
結末もはっきりとしている作品でした。

疑問 (というか謎) に思うポイントは多かったけど、
同時に労働のあり方、さらには人間のあり方まで考えさせられる、
やっぱダルデンヌ兄弟すげえってなりました。





あらすじ:(Wilipedia)
体調を崩し、休職していたサンドラ。
回復し、復職する予定であったがある金曜日、突然解雇を告げられる。
解雇を免れる方法は、同僚16人のうち過半数が自らのボーナスを
放棄することに賛成すること。 ボーナスか、サンドラか、
翌週の月曜日の投票に向けて、サンドラが家族に支えられながら、
週末の二日間、同僚たちにボーナスを諦めてもらうよう、説得しに回る。



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フランス(ベルギー?)の細かな経済状況はよく分からないけど、
映画が始まってすぐに見て取れるのは、サンドラとその夫は低所得者であり、
サンドラの同僚も低所得者。サンドラは鬱病を患い、それがやっと治り
復職しようとしているのにリストラされる、社会的弱者です。

最初に、そもそも観る前から引っかかっていたのは、
こんな、パワハラどころじゃない人権侵害的な投票ってまかり通るものなの?
という点。いくら被雇用者とはいえ、こんなことさせて苦しませてる会社が
あるって、フランス(ベルギー?)やばくない?
日本だったら、こんなことが起きたらまず労働局に相談するなり、
法に訴えられる可能性があるなら弁護士に相談するなり、
味方となってくれそうな人や機関に助けを求めたりするよね…。
今なんかだとリアルな話、SNSでその話が拡散されれば
一気にパワハラだブラックだ、つってその会社は吊るし上げられるだろう。
(それで会社が潰れたら困るのも被雇用者なんだけど)
サンドラや同僚たちが厳しい選択に迫られ苦しんでいるのに、
誰一人そういう提案をしないから、きっとそういう手段も
絶たれているんでしょう。

しかも、こんな酷いことしておいて社長や主任の偉そうな態度…
「なかなかやるな」じゃねーよゲームじゃねえんだよ…!
コンプライアンスっていう概念は無いのかよ…


この辺の描写には本当にビックリさせられました。
この国には労働者が何かに困ったときに助けを求める
場所も術も無いのでしょうか。
そして悲しくとも驚くのは、こんな思いをさせられてまで
その職にしがみつかなくてはいけない状況があるということ。
ヨーロッパも日本同様、職の奪い合いが激しく、もっと言えば、
移民政策などにより、日本よりも過酷な状況にあるのかもしれません。
「そんな酷い会社すぐに辞めて他の仕事探せばいいのに」と
思っていたけど、それもほぼ不可能な厳しい状況なのでしょう。

あと、結婚してるなら別にそんなに焦る必要も無くない?
とも思うけど、前述の通りサンドラたちは低所得者。
少し前まで、公営住宅 (描かれ方から、かなり劣悪な環境の住宅だと思われる)
に住んでいて、やっと今人間らしい生活が出来ている様子。
日本では共働きか、仕事を辞めて専業主婦(夫)やるか選択できる場合も多いけど、
サンドラたちの場合は、サンドラの職が無い=路頭に迷い兼ねないこと。
「働きたい、やりがいを見つけたい」なんていう贅沢な理由での
職へのしがみつきでは決して無い。

「ボーナス」という響きから、なんとなく「オマケの給料」
というイメージがあったから、ボーナスくらいみんなで諦めてあげれば
いいじゃんって思ってたけど大間違いでした。
それぞれみんな生活が苦しくて、ボーナスが無ければ生活が困窮する、
もしくはすでに困窮しているからボーナスが無いといよいよ終わり
という状況の人もいる。みんな自分だけでなく、家族、子ども、
守らなくてはならない生活があるから苦渋の決断を迫られます。
サンドラの説得もうまくいかないはずです。

説得に行った先で同僚とその家族が殴り合いの喧嘩をしたり、
冷たくあしらわれたり、居留守を使われたり、
心が折れそうになってゆくサンドラ。
精神安定剤と思われる薬をオーバードーズしたり、
やけになって夫に離婚を切り出したり、事態は悪化していきます。




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lanuitartificielle.wordpress.com



だけど、そんな絶望的な状況の中でもサンドラは、
人間としての様々な美しい行動や生き方に出会います。
当初サンドラよりもボーナスを選ぼうとしたことを恥じて涙する同僚。
サンドラを選ぶことを夫に反対され、ついには離婚してサンドラに投票する同僚。
自分が危うい立場に置かれるリスクを背負ってもサンドラを助けようとする同僚。

自分が過去に与えた優しさが今に繋がることを知ったり、
離婚した同僚の力になることで新たな友情が生まれたり、
どん底の中でも幸せなこと、楽しいことが生まれるのを知ります。




結果的に投票は過半数に至らず、サンドラは職を失います。
社長から、「投票では勝てなかったけど、サンドラの代わりに
臨時社員をクビにするから復職していい」と言い渡されますが、
あの時自分を救おうとしてくれた同僚を救うため、
サンドラは自分を犠牲にします。サンドラとその家族はしばらくは、
もしかしたら永遠に困窮するかもしれないけど、
最後の決断で、人間としての威厳は失わずに済んだ。

結果としては、当初最も恐れていた「失業」なのに、サンドラの顔は晴れやか。
それは週末の間、一生懸命頑張ったことで自信を持ち、
人間捨てたもんじゃないと思える他人の行いのおかげで
優しい気持ちにもなっている。未来への希望と意欲もある。

弱者が弱者なりに戦い、他の弱者をかばう。
あまりにもスケールが小さい話だけれど、
世界が180度変わるような感慨がありました。









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www.elle.fr

兄弟からキスを受けるマリオン・コティヤール!
なんとうらやましい。







いつも映画を観た後は、Yahoo映画のレビューをチェックするけど、
共感というか、私の感じたことを代弁してくれるようなレビューが
あったので引用します。


被雇用者=弱者どうしで争わせ、自らの強欲さから目を反らせる
雇用者=強者という、全世界の縮図なのだが、
そういう視点はやはり日本にはないらしい。
そういう視点がなければ、この映画が退屈なのは当然だろう。
あとこの主人公の行動を身勝手と断じるレビューが多いのもびっくりした。
終身雇用が保証され、それを誰の犠牲も無い自分だけの手柄と
信じ切れる人なのだろうか。どちらにしても想像力の欠如がすごい。
また、よくある、辛いのは主人公だけじゃないのにとい意見。
それなら世界で一番辛い人しか自己主張しちゃいけないのか?
しかも、この主人公は、最後は自己犠牲により他者を助けた。
つまり、この主人公が一番大事にしてるのは、
当面のお金以上に人間の尊厳なのだ。




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www.cinechronicle.com

左、歯ぐきかわいい


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www.myfrenchfilmfestival.com

流行のGジャンを早速取り入れる兄弟

ダンボ


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disney.wikia.com

言わずと知れたディズニー映画の『ダンボ』こないだ観ました。
1941年の作品で、意外にも (?) 観たことがない人、
観たことがあっても忘れてしまっている人が多いようで、私もそのひとり。
小さい頃に見たことはあるけど、内容はほとんど忘れてしまっていた。
それでもキャラクターとしてのダンボは大好き。話を知らなくても、
キャラクターだけでも十分満足してしまう可愛さですよね。



サーカス象・ジャンボの子ども・ダンボは、
耳が異様に大きいことで周囲に虐められていますが、
ジャンボは愛情をかけてダンボを育てます。

ある日サーカスを見に来た子どもがダンボを虐めているのを見て、
怒ったジャンボは暴れ、凶暴な象として、檻に入れられてしまいます。

サーカス団員のネズミ・ティモシーは、落ち込むダンボを励ましつつ、
ダンボをスターにしようと考えます。試行錯誤の結果、
身体を張ったショーを実行しますが失敗し、ダンボはピエロにされてしまいます。

そんな中、誤って飲んだお酒のせいで、二人は木の上まで登って眠ります。
そこで目覚めたダンボたちは耳を翼にして空を飛ぶことを思いつきます。
木の上で出会ったカラス達の協力のもと、ダンボは自由に空を飛べるようになります。
サーカスの舞台で、「空飛ぶゾウ」として見事スターとなったダンボは、
母親ジャンボとも念願の再開を果たします。

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survivor-org.wikia.com





とても分かりやすいカタルシスが気持ちいい。
コンプレックスであり、不幸の原因であった大きな耳を武器に、
成功と幸せを掴むんだから。

一番感動的なのは、檻の中に入れられた母親にダンボが会いに行くシーン。
このシーンのアニメーションの素晴らしさ…。
母親の鼻とダンボの鼻が優しく絡み合って、ダンボの頭を母親が鼻で撫でる。
人間目線だけど、「ここをこう触られたら気持ちいい」というのを全部
見せてくれていますよね。だからこそ感動的だし、もちろんその前のストーリーを
踏まえてるから、親子の気持ちが分かってぽろぽろ泣けてくる。
親子間でのスキンシップがどれだけ大切か思い知る。
自分が小さい頃、親に抱かれたり撫でられた心地よさ。
子どもがいつか出来たら、あの心地よさを引き継ぎたい。





感動的なだけでなく、この映画は結構えぐいところもあります。
ダンボが周囲から虐められたり、ピエロにされるという屈辱を受けますが、
この描写がけっこうキツい。ピエロのヘンテコな化粧をさせられ
高いところから飛び降ろさせるという虐待も描きます。
(サーカスに動物を使うことが倫理的に問題になっているけど、
こういうの見ると考えさせられます)

さらに、誤って飲んだお酒に酔って、ピンクの象が踊る幻覚を
見るシーンでは、ダンボの世界観からは考えられないような、
サイケデリックで、確実に「ヤバい」映像が流れます。
あれはお酒ではなく、完全にLSDやらのドラッグの感じです。
いやはやあのシーンを作った人、あのシーンにGOサインを出した人、
すごいです。

だから、ダンボには、映画に必要な感動もカタルシスも、
バイオレンスも、ヤバさ/エキセントリックさも備わってるんですね。
映画の原型のような映画だと思いました。
YouTubeでも今観れるみたい。さすがに著作権切れてるのかな?
おすすめです。

ヤンヤン 夏の想い出


一生のうちに、この世に存在する映画を全て観ようって決めたので、
毎日が忙しくてしょうがないんです。
ほんと、仕事とかしてる場合じゃないんだよ。

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www.torontoreviewofbooks.com

2000年の映画「ヤンヤン 夏の想い出」は
台湾の映画監督、エドワード・ヤンの遺作。
悲喜こもごもの人生賛歌のような映画。
「悲」が中心だけど。

この映画に出会って、すでに観てしまったことが悔やまれる。
こんな映画に出会えるのって、人生で数回だものね。


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collider.com






あらすじ:(Yahoo! 映画)
ヤンヤンは祖母や両親、姉のティンティンと台北に住んでいる、
ごく普通の家庭の少年。ところが、叔父の結婚式を境に、
様々な事件が起こり始める。祖母は脳卒中で昏睡状態となり、
母は精神不安定となって新興宗教に走り、父は初恋の人と再会して心を揺らす。
姉は隣家の少女のボーイフレンドと交際を始めてしまう。
そして、ヤンヤンにも幼い恋心が芽生え始める


それぞれの登場人物が、それぞれの苦悩にもがき、苦しむ。
仕事、人間関係、家族、恋愛、生き甲斐などなど、
誰もが経験するありきたりな苦しみだけど、みんなうまく対処できない。
いくつになっても、流れにうまく身を任せることができない。
人生はなんて厄介なんだろう。

だけど、もっと細かなところで、人生は幸せに満ちていると気付かせてくれました。
辛く悲しいけれど、乗り越えたとき、何か心に温かい感情を抱いている。
ただし、それは、映画でそういうメッセージがあるわけでは決してなく、
観る側の気分なんですよね。ちょうど、この映画の登場人物たちみたく、
嫌な事、ちょっとした不幸が重なったときに観たので、
生きることの根本的な幸せが浮かび上がりました。

例えば、ヤンヤンのお父さんとその仕事の取引相手、イッセー尾形との会話に
「恋をしてから音楽が好きになった」と語るシーンがある。
音楽があまり好きではなかったけど、恋を知ってから音楽の喜びがわかる。
そういうことは、生きる希望をもたらしてくれるのではと思う。
何かのきっかけで、芸術やスポーツ、なんでもいいけど、
なにかに夢中になれる可能性に満ちているから、人生は幸福だ。

また、イッセー尾形の台詞で、
「Music makes me believe that life is beautiful」というものがある。
音楽は、人生を美しいと信じさせてくれる。
私の場合、音楽を聴くときのみずみずしい感覚は、
そのまま生きることの幸せに直結します。



東京のシーンもとても美しかった。
ピアノに合わせて東京の夜景のシークエンスが流れるけど、
こんなに美しい映像があるのかと、鳥肌が立って涙が溢れました。
エドワード・ヤンに、自分の中の何かを見透かされてる気がしました。
どうしてこの監督は私のこの気持ちを知っているんだろう、
誰にも気付かれていないと思ってたのに、見透かされていたんだと。


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scumcinema.com


ヤンヤンは「ニューシネマパラダイス」のトトのようなイメージで、
とにかく可愛い。それだけで、映画的な楽しさがありますね。
最後、お葬式で手紙を読むトトの姿に、不覚にも号泣。
こういうので泣くの恥ずかしいよね…でもしょうがない。
「人が知らないものを教えてあげる人になりたい」
まだ何も知らない小さな男の子の、
これからの長く、美しい人生を予感させました。


映像も全編にわたって柔らかく美しい。
室内 (家やホテル)のシーンが多いけれど、
その室内灯の淡い黄色い光が自分の生活と重なる様でした。
私の家もこんな感じの照明で、自分の家族を思いました。
私の両親は、私が小さい頃から、
「自分が何をしてもどんな人間になっても、
自分を嫌ったり、見捨てたりすることはない」と
ずっと感じさせてくれました。
絶対的な愛を、1秒たりとも途切れずに注いでくれました。
それは親がどんな人間であれ、とても尊い愛で、
この家に生まれたことがどれだけ幸せか、思い知らされます。
普段からそれを意識することはないけど。





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guides.temple.edu


この映画は、好きな男の子が好きな女の子と一緒に
ギンレイホールのオールナイトで観たというのを聞いて、
悔しくなって、その日のうちにレンタルして観ました。
その結果こんなにいい映画で更に悔しい。

結婚式で始まり、お葬式で終わるこの映画。
「人生」というものをそのまま表わしてるかのようでした。
その「人生」を (きっと) 讃える映画なのではと思います。
素直におすすめです。

切ねえEDEN


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www.towerrevo.jp



今年ナンバーワンエモ映画『EDEN/エデン』観てきました。
読者の方からリクエストもらったのが嬉しくて、
ルンルンで観に行きました。

ネタバレで書きます。すいません。
超エモいっす容赦ないっす。
なんだこの胸がヒリヒリする感じ。





『EDEN』は、90年代初頭から現在までの
パリ (ちょっとアメリカ) のクラブシーンと同時に、
一人のDJの青春、夢、栄光、そして挫折•挫折•挫折を描いた映画。
監督はミア・ハンセン=ラヴ。
実の兄をモデルにこの映画を作ったそう。
くすぶった若者という点ではこの前書いた
『フランシス・ハ』と『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』に
似てた。『フランシス・ハ』の女の子も『EDEN』出てるし。






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kinopavasaris.lt

主人公のポールは、90年代初頭、17-8歳の頃から
レイヴやクラブに出入りするようになり、
クラブカルチャーとクラブミュージック、
特にガラージと呼ばれるジャンルを好きになります。

ガラージとは、80年代のニューヨークの伝説的クラブ
「パラダイスガレージ」でかかっていたような音楽のこと。
ディスコとハウスの間のような音楽。
「パラダイスガレージ」は、ちょうど「ディスコ」が「クラブ」へと
移り変わる頃に熱狂的な人気を博した場所で、
未だに多くの人が第二のパラダイスガレージを作ろうと必死になるも、
これを超える場所は多分二度と現れない。

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パラダイスガレージにできる長蛇の列。
thump.vice.com

そこの主要DJだった、こちらもまた伝説的存在のラリー・レヴァンが
ガラージと呼ばれる音楽のムーブメントを作ったと言われてる。






そのガラージと、ラリー・レヴァンを敬愛し、自らもDJを志すポール。
パリの人気のクラブで回すうち、徐々に仕事も増え、
メディアにも注目され、「職業=DJ」と言えるまでになった。
(DJを職業にするってだけですごいことです。
クラブでDJしたってほとんどの人はお金貰えないから)
フランスのクラブだけでなく、ニューヨークやシカゴのイベントにも
出演したりと、なかなかの地位まで上り詰める。

だけど、DJ業は浮き沈みが激しく、実力うんぬん以前に、
世間の気まぐれで一気に売れなくなったりする、

そんな中、やはりポールも時代の波に押され、
次第に失速していきます。

2000年代に入り、時代は、ダフトパンクに代表される
エレクトロ路線へまっしぐら。
「One More Time」が発表された当時の、狂気のような
「時代はこれを求めていた」感が表現されている。

ポールが愛するガラージは、エレクトロとはかけ離れた
ソウルフルなディスコハウス。
エレクトロの波についていけず、どんどん取り残されていく。
20数年以上の活動の中、世間もまわりの人たちも変わっていく中、
自分だけがガラージにしがみつく。

親友の自殺、コカイン中毒、活動のために重ねた借金、
何人もの恋人との中途半端な恋愛の末、
ポールは精神を病むまでになる。





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www.indiewire.com





この映画には、明らかな挫折・転落が描かれています。
シビアな世界だというのは百も承知だけど、
愛する音楽を一途に愛し続けた結果がこれだと思うと、
本当に心苦しい。

最終的に、音楽以外のことに一縷の希望を見出しつつ、
映画は終わる。駆け抜けた青春を思い出に、
これからは地道に生きていくのでしょうか。


「EDEN」はざっくりと前半・後半に分かれていて、
前半はその名も「PARADISE GARAGE」。
ポールたちの、まさにパラダイスのような輝きを表している。
後半は「LOST IN MUSIC」。
これはおそらく、Sister Sledgeの同名の曲の引用で、
音楽を愛してそれを生業とすることの悲惨さが描かれる。
Lost In Musicも、音楽で生きていく覚悟を歌った曲だし。



リミックスバージョン







ポール役のフェリックス・ド・ジヴリって、
17-8歳の若い頃から30代後半まで、全てを演じてるけど、
それぞれが違和感なくてすごい!メイクの成せるわざ??
最初出てきたときは「やっぱ17歳だから若いなー。かわいー。」
くらいに思ってたのに、終盤ではこれで30代とか老けてんなーと思うほど。

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taddlr.com

名前のとおり、ジブリ映画に何か人間じゃない役で出てそう。







音楽をテーマにした映画だけあって、
その使われ方、響き方はとても良かった。

クラブやレイヴに入る前の、外に漏れる音のワクワク。
入ってからの開放的でフレッシュ (fresh/flesh) な感覚。
思わず身体が動きました。
90年代のガラージが好きな人にはたまらない選曲。
サントラも出てるので要チェックです。

時代が進むにつれ、ガラージとは雰囲気が違う
ダフトパンクの曲が使われるけれど、それもまた良い。
主人公が焦れば焦るほど、ダフトパンクが輝いて聴こえる。
切ない。

ただ、もう少しポールの音楽への果てしない愛と、
全盛期のポールのプレイや、ダフトパンクが出てきた頃の
クラブ内の狂ったような高揚が全面に描かれていても
良かったかなー。生ぬるいものじゃないと思うんですよ。
プレイ中に悦に浸るようなシーンがあっても良かった。

エンドロールに流れるのはガレージの代表的曲。
皮肉にもタイトルが「Happy Song」。
めっちゃいい曲でそこがまた切ない。









この映画で描かれるポールの青春 (と呼ぶには長すぎ?) は
痛々しいけれど、こんな風に全てを捧げられるほど愛する対象があるって、
きっと何よりも幸せなことです。
人生を勝ち組と負け組に分けるとしたら、こんなに好きなことがある時点で、
すでに勝ち組だと思います。何でもいいんだと思う。
音楽でも本でもスポーツでも恋愛でも。
報われなくたって、もうすでに勝ってるよね。






理由もなく疎遠になってしまったけど、
DJで、ハウスやガラージのこと、クラブのこと、
いろいろ教えてくれた友達のことを思い出しました。
いつまでも同じ関係でいられないの分かってるし、
人生ってそういうもんだし、別にいいんだけど、
最高の音楽と最高の感覚を共有できていた人が
離れていってしまったのはやっぱ悲しいな。
だけど、私はひとりぼっちでも、この音楽を一生愛するだろう。

 
 
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