been dazed and confused for so long 

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ダンボ


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disney.wikia.com

言わずと知れたディズニー映画の『ダンボ』こないだ観ました。
1941年の作品で、意外にも (?) 観たことがない人、
観たことがあっても忘れてしまっている人が多いようで、私もそのひとり。
小さい頃に見たことはあるけど、内容はほとんど忘れてしまっていた。
それでもキャラクターとしてのダンボは大好き。話を知らなくても、
キャラクターだけでも十分満足してしまう可愛さですよね。



サーカス象・ジャンボの子ども・ダンボは、
耳が異様に大きいことで周囲に虐められていますが、
ジャンボは愛情をかけてダンボを育てます。

ある日サーカスを見に来た子どもがダンボを虐めているのを見て、
怒ったジャンボは暴れ、凶暴な象として、檻に入れられてしまいます。

サーカス団員のネズミ・ティモシーは、落ち込むダンボを励ましつつ、
ダンボをスターにしようと考えます。試行錯誤の結果、
身体を張ったショーを実行しますが失敗し、ダンボはピエロにされてしまいます。

そんな中、誤って飲んだお酒のせいで、二人は木の上まで登って眠ります。
そこで目覚めたダンボたちは耳を翼にして空を飛ぶことを思いつきます。
木の上で出会ったカラス達の協力のもと、ダンボは自由に空を飛べるようになります。
サーカスの舞台で、「空飛ぶゾウ」として見事スターとなったダンボは、
母親ジャンボとも念願の再開を果たします。

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survivor-org.wikia.com





とても分かりやすいカタルシスが気持ちいい。
コンプレックスであり、不幸の原因であった大きな耳を武器に、
成功と幸せを掴むんだから。

一番感動的なのは、檻の中に入れられた母親にダンボが会いに行くシーン。
このシーンのアニメーションの素晴らしさ…。
母親の鼻とダンボの鼻が優しく絡み合って、ダンボの頭を母親が鼻で撫でる。
人間目線だけど、「ここをこう触られたら気持ちいい」というのを全部
見せてくれていますよね。だからこそ感動的だし、もちろんその前のストーリーを
踏まえてるから、親子の気持ちが分かってぽろぽろ泣けてくる。
親子間でのスキンシップがどれだけ大切か思い知る。
自分が小さい頃、親に抱かれたり撫でられた心地よさ。
子どもがいつか出来たら、あの心地よさを引き継ぎたい。





感動的なだけでなく、この映画は結構えぐいところもあります。
ダンボが周囲から虐められたり、ピエロにされるという屈辱を受けますが、
この描写がけっこうキツい。ピエロのヘンテコな化粧をさせられ
高いところから飛び降ろさせるという虐待も描きます。
(サーカスに動物を使うことが倫理的に問題になっているけど、
こういうの見ると考えさせられます)

さらに、誤って飲んだお酒に酔って、ピンクの象が踊る幻覚を
見るシーンでは、ダンボの世界観からは考えられないような、
サイケデリックで、確実に「ヤバい」映像が流れます。
あれはお酒ではなく、完全にLSDやらのドラッグの感じです。
いやはやあのシーンを作った人、あのシーンにGOサインを出した人、
すごいです。

だから、ダンボには、映画に必要な感動もカタルシスも、
バイオレンスも、ヤバさ/エキセントリックさも備わってるんですね。
映画の原型のような映画だと思いました。
YouTubeでも今観れるみたい。さすがに著作権切れてるのかな?
おすすめです。

ヤンヤン 夏の想い出


一生のうちに、この世に存在する映画を全て観ようって決めたので、
毎日が忙しくてしょうがないんです。
ほんと、仕事とかしてる場合じゃないんだよ。

Yi_Yi-family.jpg
www.torontoreviewofbooks.com

2000年の映画「ヤンヤン 夏の想い出」は
台湾の映画監督、エドワード・ヤンの遺作。
悲喜こもごもの人生賛歌のような映画。
「悲」が中心だけど。

この映画に出会って、すでに観てしまったことが悔やまれる。
こんな映画に出会えるのって、人生で数回だものね。


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collider.com






あらすじ:(Yahoo! 映画)
ヤンヤンは祖母や両親、姉のティンティンと台北に住んでいる、
ごく普通の家庭の少年。ところが、叔父の結婚式を境に、
様々な事件が起こり始める。祖母は脳卒中で昏睡状態となり、
母は精神不安定となって新興宗教に走り、父は初恋の人と再会して心を揺らす。
姉は隣家の少女のボーイフレンドと交際を始めてしまう。
そして、ヤンヤンにも幼い恋心が芽生え始める


それぞれの登場人物が、それぞれの苦悩にもがき、苦しむ。
仕事、人間関係、家族、恋愛、生き甲斐などなど、
誰もが経験するありきたりな苦しみだけど、みんなうまく対処できない。
いくつになっても、流れにうまく身を任せることができない。
人生はなんて厄介なんだろう。

だけど、もっと細かなところで、人生は幸せに満ちていると気付かせてくれました。
辛く悲しいけれど、乗り越えたとき、何か心に温かい感情を抱いている。
ただし、それは、映画でそういうメッセージがあるわけでは決してなく、
観る側の気分なんですよね。ちょうど、この映画の登場人物たちみたく、
嫌な事、ちょっとした不幸が重なったときに観たので、
生きることの根本的な幸せが浮かび上がりました。

例えば、ヤンヤンのお父さんとその仕事の取引相手、イッセー尾形との会話に
「恋をしてから音楽が好きになった」と語るシーンがある。
音楽があまり好きではなかったけど、恋を知ってから音楽の喜びがわかる。
そういうことは、生きる希望をもたらしてくれるのではと思う。
何かのきっかけで、芸術やスポーツ、なんでもいいけど、
なにかに夢中になれる可能性に満ちているから、人生は幸福だ。

また、イッセー尾形の台詞で、
「Music makes me believe that life is beautiful」というものがある。
音楽は、人生を美しいと信じさせてくれる。
私の場合、音楽を聴くときのみずみずしい感覚は、
そのまま生きることの幸せに直結します。



東京のシーンもとても美しかった。
ピアノに合わせて東京の夜景のシークエンスが流れるけど、
こんなに美しい映像があるのかと、鳥肌が立って涙が溢れました。
エドワード・ヤンに、自分の中の何かを見透かされてる気がしました。
どうしてこの監督は私のこの気持ちを知っているんだろう、
誰にも気付かれていないと思ってたのに、見透かされていたんだと。


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scumcinema.com


ヤンヤンは「ニューシネマパラダイス」のトトのようなイメージで、
とにかく可愛い。それだけで、映画的な楽しさがありますね。
最後、お葬式で手紙を読むトトの姿に、不覚にも号泣。
こういうので泣くの恥ずかしいよね…でもしょうがない。
「人が知らないものを教えてあげる人になりたい」
まだ何も知らない小さな男の子の、
これからの長く、美しい人生を予感させました。


映像も全編にわたって柔らかく美しい。
室内 (家やホテル)のシーンが多いけれど、
その室内灯の淡い黄色い光が自分の生活と重なる様でした。
私の家もこんな感じの照明で、自分の家族を思いました。
私の両親は、私が小さい頃から、
「自分が何をしてもどんな人間になっても、
自分を嫌ったり、見捨てたりすることはない」と
ずっと感じさせてくれました。
絶対的な愛を、1秒たりとも途切れずに注いでくれました。
それは親がどんな人間であれ、とても尊い愛で、
この家に生まれたことがどれだけ幸せか、思い知らされます。
普段からそれを意識することはないけど。





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guides.temple.edu


この映画は、好きな男の子が好きな女の子と一緒に
ギンレイホールのオールナイトで観たというのを聞いて、
悔しくなって、その日のうちにレンタルして観ました。
その結果こんなにいい映画で更に悔しい。

結婚式で始まり、お葬式で終わるこの映画。
「人生」というものをそのまま表わしてるかのようでした。
その「人生」を (きっと) 讃える映画なのではと思います。
素直におすすめです。

切ねえEDEN


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www.towerrevo.jp



今年ナンバーワンエモ映画『EDEN/エデン』観てきました。
読者の方からリクエストもらったのが嬉しくて、
ルンルンで観に行きました。

ネタバレで書きます。すいません。
超エモいっす容赦ないっす。
なんだこの胸がヒリヒリする感じ。





『EDEN』は、90年代初頭から現在までの
パリ (ちょっとアメリカ) のクラブシーンと同時に、
一人のDJの青春、夢、栄光、そして挫折•挫折•挫折を描いた映画。
監督はミア・ハンセン=ラヴ。
実の兄をモデルにこの映画を作ったそう。
くすぶった若者という点ではこの前書いた
『フランシス・ハ』と『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』に
似てた。『フランシス・ハ』の女の子も『EDEN』出てるし。






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kinopavasaris.lt

主人公のポールは、90年代初頭、17-8歳の頃から
レイヴやクラブに出入りするようになり、
クラブカルチャーとクラブミュージック、
特にガラージと呼ばれるジャンルを好きになります。

ガラージとは、80年代のニューヨークの伝説的クラブ
「パラダイスガレージ」でかかっていたような音楽のこと。
ディスコとハウスの間のような音楽。
「パラダイスガレージ」は、ちょうど「ディスコ」が「クラブ」へと
移り変わる頃に熱狂的な人気を博した場所で、
未だに多くの人が第二のパラダイスガレージを作ろうと必死になるも、
これを超える場所は多分二度と現れない。

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パラダイスガレージにできる長蛇の列。
thump.vice.com

そこの主要DJだった、こちらもまた伝説的存在のラリー・レヴァンが
ガラージと呼ばれる音楽のムーブメントを作ったと言われてる。






そのガラージと、ラリー・レヴァンを敬愛し、自らもDJを志すポール。
パリの人気のクラブで回すうち、徐々に仕事も増え、
メディアにも注目され、「職業=DJ」と言えるまでになった。
(DJを職業にするってだけですごいことです。
クラブでDJしたってほとんどの人はお金貰えないから)
フランスのクラブだけでなく、ニューヨークやシカゴのイベントにも
出演したりと、なかなかの地位まで上り詰める。

だけど、DJ業は浮き沈みが激しく、実力うんぬん以前に、
世間の気まぐれで一気に売れなくなったりする、

そんな中、やはりポールも時代の波に押され、
次第に失速していきます。

2000年代に入り、時代は、ダフトパンクに代表される
エレクトロ路線へまっしぐら。
「One More Time」が発表された当時の、狂気のような
「時代はこれを求めていた」感が表現されている。

ポールが愛するガラージは、エレクトロとはかけ離れた
ソウルフルなディスコハウス。
エレクトロの波についていけず、どんどん取り残されていく。
20数年以上の活動の中、世間もまわりの人たちも変わっていく中、
自分だけがガラージにしがみつく。

親友の自殺、コカイン中毒、活動のために重ねた借金、
何人もの恋人との中途半端な恋愛の末、
ポールは精神を病むまでになる。





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www.indiewire.com





この映画には、明らかな挫折・転落が描かれています。
シビアな世界だというのは百も承知だけど、
愛する音楽を一途に愛し続けた結果がこれだと思うと、
本当に心苦しい。

最終的に、音楽以外のことに一縷の希望を見出しつつ、
映画は終わる。駆け抜けた青春を思い出に、
これからは地道に生きていくのでしょうか。


「EDEN」はざっくりと前半・後半に分かれていて、
前半はその名も「PARADISE GARAGE」。
ポールたちの、まさにパラダイスのような輝きを表している。
後半は「LOST IN MUSIC」。
これはおそらく、Sister Sledgeの同名の曲の引用で、
音楽を愛してそれを生業とすることの悲惨さが描かれる。
Lost In Musicも、音楽で生きていく覚悟を歌った曲だし。



リミックスバージョン







ポール役のフェリックス・ド・ジヴリって、
17-8歳の若い頃から30代後半まで、全てを演じてるけど、
それぞれが違和感なくてすごい!メイクの成せるわざ??
最初出てきたときは「やっぱ17歳だから若いなー。かわいー。」
くらいに思ってたのに、終盤ではこれで30代とか老けてんなーと思うほど。

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taddlr.com

名前のとおり、ジブリ映画に何か人間じゃない役で出てそう。







音楽をテーマにした映画だけあって、
その使われ方、響き方はとても良かった。

クラブやレイヴに入る前の、外に漏れる音のワクワク。
入ってからの開放的でフレッシュ (fresh/flesh) な感覚。
思わず身体が動きました。
90年代のガラージが好きな人にはたまらない選曲。
サントラも出てるので要チェックです。

時代が進むにつれ、ガラージとは雰囲気が違う
ダフトパンクの曲が使われるけれど、それもまた良い。
主人公が焦れば焦るほど、ダフトパンクが輝いて聴こえる。
切ない。

ただ、もう少しポールの音楽への果てしない愛と、
全盛期のポールのプレイや、ダフトパンクが出てきた頃の
クラブ内の狂ったような高揚が全面に描かれていても
良かったかなー。生ぬるいものじゃないと思うんですよ。
プレイ中に悦に浸るようなシーンがあっても良かった。

エンドロールに流れるのはガレージの代表的曲。
皮肉にもタイトルが「Happy Song」。
めっちゃいい曲でそこがまた切ない。









この映画で描かれるポールの青春 (と呼ぶには長すぎ?) は
痛々しいけれど、こんな風に全てを捧げられるほど愛する対象があるって、
きっと何よりも幸せなことです。
人生を勝ち組と負け組に分けるとしたら、こんなに好きなことがある時点で、
すでに勝ち組だと思います。何でもいいんだと思う。
音楽でも本でもスポーツでも恋愛でも。
報われなくたって、もうすでに勝ってるよね。






理由もなく疎遠になってしまったけど、
DJで、ハウスやガラージのこと、クラブのこと、
いろいろ教えてくれた友達のことを思い出しました。
いつまでも同じ関係でいられないの分かってるし、
人生ってそういうもんだし、別にいいんだけど、
最高の音楽と最高の感覚を共有できていた人が
離れていってしまったのはやっぱ悲しいな。
だけど、私はひとりぼっちでも、この音楽を一生愛するだろう。

『フランシス・ハ』と『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』


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(http://espace-sarou.com/)

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(http://camerasidechats.com/)



才能があるから有名になって「売れる」わけではない。
才能がないからうまくいかず、失敗するわけでもない。

若者はいつの時代も、運に翻弄されるばかりです。

最近観たこの2本
ノア・バームバック監督の『フランシス・ハ』と
コーエン兄弟監督の『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』は、
少し似た話だった。




現代の27歳、フランシスはニューヨークに住む、
モダンダンサーを目指すも、芽が出ない女の子。
親友と一緒に住みたいがため彼氏と別れたり、
依存的な友人関係のせいで精神的な自立ができていない。
所属するダンスチームではいい役をもらえず、
事務員にならないかとまで言われる。
そのうち、ダンサーよりも振付師としての能力を伸ばし、
そこに希望を見出していく。


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(http://www.thecoast.ca/)





1960年代の27歳くらいであろうルーウィンは、
同じくニューヨークに住み(居候し)、
フォークシンガーを目指すものの、同じく芽が出ない。
バーで歌ったり、友人のレコーディングにコーラスで
参加したりするも、結果はついてこない。
レコード会社に売り込むため、シカゴに出向くも、
トラブルに見舞われ、しかも売り込みは失敗し、
寒いシカゴから、寒いニューヨークまでヒッチハイクで戻る。
最後まで希望は見えない。


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(http://www.thenation.com/)





二人とも、焦りや不安はあるものの、
どうにか自分のやりたいことをやって毎日を生きている。





才能があって、一生懸命やっているけど、タイミングが合わず、
不運で消えていったアーティストはごまんといるだろう。
才能が無いのは分かってるけど諦めきれず、
しがみつく人もいる。
才能が無いのに運やコネで、富も名声も享受できる人もいる。

指くわえて待っていたって何も起こらないし、誰も助けてくれない。
そんなこと分かってるから自分から動くけど、
それでもうまくいかないから辛いね…

まわりが徐々に出世していったり、身を固めたりするなか、
自分のステータスは10代の頃となんら変わらないのです。




だけど、両映画とも、それを悲観するわけでもない。泣いたりしない。
特に『フランシス・ハ』みたいに、女の子の人生を描く映画って、
恋愛の壁にぶち当たったり、泣いたりするのが常だけど、
特にそんな描写はなく、本人は気丈なのが妙に生々しい。
最後に少しだけ見える希望はとても美しいけど。


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(http://www.leftlion.co.uk/)




一方、ホームレスであり、
音楽の相方だった友人にも自殺され、
手を出した音楽仲間の妻を妊娠させ、
トラブル降りかかりまくりのルーウィン。
自分のことだけで精一杯。
だけどこちらも泣いたりせず、特に嘆きもせず。
淡々と落ち着いて、音楽を続けていく。


inside+llewyn+davis+02_convert_20150926002525.jpg
(www.homecinemachoice.com/)





そんな二人の姿は、地味だけど、勇気付けられました。
報われないなんて、そんなの当たり前ですよね。
(逆にうまくいっちゃったら次は転落が怖いし。
うまくいってない状況って未来に期待の余地がある状況だし。)

ルーウィンの音楽仲間、ジャスティン・ティンバーレイクも
笑っちゃうようなヘンテコな曲で人気を得ている。
こういうのすごく分かるなー。。
「なんでこんな奴がうまくいって自分は…」ってやつ。
私の場合、頭カラッポでミーハーでしかない友達が
成功していたりチヤホヤされたりして悔しい。
不公平な世の中よ、ほんと…
それを嘆いたことのある人にはぜひ観てほしいな。





こちらが問題のシーン…
大爆笑したけどやっぱジャスティン歌うまいしカッコいい!







ちなみに、『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』は、
実在のフォークシンガーをモデルに撮られたそう。
ルーウィンみたいに、最後まで報われなかったミュージシャンの音楽を聴けるのが、
彼らがやっとの思いで出せた希少なレコードだったりする。
その中に、すばらしい音楽が眠っている。

有名な音楽、CD化、デジタル化された音楽以外にも名曲は必ずある。
だから、レアで本当に良い音楽に出会いたいとき、世界各国、
レコード屋、レコード市に出向くことがどれだけ重要か思い知らされる。






『フランシス・ハ』のタイトルの意味が最後に分かる瞬間。いいね。
名前は一生ものの自己表現。





私は、少しずつライターとしての活動始めています。
それを機に、このブログの名前の表記を本名に変えました。
下っ端がペンネームって生意気だしね。
写真も自分の顔。

何度も蹴落とされたり、酷い待遇受けて嫌な思いもしたけど、
諦めないね。なんか、強いモチベーションで「諦めない」
とかじゃなくて、しがみつくことが常になってる。
なんだかんだで、学校が死ぬほど嫌だった私を
救ってくれた業界ですからね。

私もフランシスやルーウィンと同じ。私だけじゃない。
私のまわりには、才能もセンスもあって、努力も勉強もしていながら
芽が出ない人たちが沢山いる。
世の中に、業界に、「あなた方が今知らない世界がまだまだあるのよ」
と言いたい。もっと世界の片隅を見てみてほしい。


スーパーの女(1996年)


最高傑作と言っていいわね。


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伊丹十三は大好きな映画監督の一人で、
有名な作品諸々と、「マルサの女」「ミンボーの女」
などなど、女シリーズも見てきました。
なかでも「スーパーの女」には、弾けるような衝撃を受けました。

この映画は、映画に必要なすべてがある。
ヒューマンドラマ、正義、恋愛、コメディー、アクション、涙。
そのうえ、炸裂するガールズパワー(オバサンだけど)にやられる。
こんなに気持ちの良いカタルシスはない。



ああ伊丹十三先生。

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あらすじ:
スーパー好きの主婦が、売れないスーパーを立て直そうと
奮闘するコメディ。スーパー“正直屋”の専務・小林五郎(津川雅彦)は、
商品も売れず、店員も覇気がなく困り果てていた。
ある日、五郎はライバル店へ調査に出向いたところ、
偶然幼馴染みの井上花子(宮本信子)と再会する。五郎はスーパー好きの
花子の鋭い視点を買って、花子を正直屋で雇う。花子は早速問題の
解決に取りかかるが、プライドだけは高い職人たちの協力を得られず
苦労する。それでもめげない花子は的確な改善策を提案し
成果を上げ始めるのだが……。(allcinema)




正直屋に雇われた花子は、スーパーのひどい状況を目の当たりにします。
それはこの映画が公開した後に世間を賑わせた食品偽装問題を
予想していたかのような内容。
産地偽装、賞味期限偽装、原材料偽装などなど…
2000年以降に次々と暴かれた問題を最初に告発したかのようです。
さらに、従業員同士のヒエラルキーやいざこざからなる
コミュニケーション不全や、癒着、不正などなど…
正直屋は、今にもつぶれそうなスーパーでした。
それをひとつひとつ地道に立て直して行くのが花子です。

最初は面倒がっていた人たちも徐々に協力し始めて、
辛く長い道のりながら、その過程はとても充実していて
楽しそう。そう、一生懸命働くって、本当に楽しいことですよね。
幸せなことですよね。しかもそれによって成果が得られたり、
報酬だってもらえるんだから。
スーパーで売っていたおにぎりの具をごまかしていた業者が、
花子に説得されて、新鮮な本物の具に変えてから、客の賞賛を得たときの涙。
これが、働くことの喜びで、働くことの意味なのではと思いました。

なんとなく仕事をこなすだけだった人たちが、徐々に自分の仕事に
誇りと責任を持ち始めてから、生き生きしてくる。



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決して立場が高くないパートとして働くオバちゃんたちは、
上からの圧力で、不正もいやいや引き受けながら業務をこなすも、
花子の強さに共感して、勇気を出して問題に立ち向う。
圧力から解放されたオバちゃんたちが声をあげて
きゃっきゃと喜ぶ姿は、涙なしでは見れない。

私はこの手の、「女性解放」に弱い…。
女が何かしら抱え込んでいたもの、抑圧されていたものを
吹っ切って自由に楽しく、強く生きる、といったストーリーには
いつも泣かされる。






ケイティー・ペリーの曲に「Roar」ってのがあります。
弱い立場にいた女の子が、何かをきっかけに
強く、堂々と生きていく決心をするという歌。





「言いたいことも抑えて、問題を起こさないように気をつけて、
あなたからの抑圧にも耐えていた。けれどもう懲り懲り。
今はタイガーの目を手に入れた。私は火の中を踊るチャンピオン。
私が吠える声が聞こえるでしょ。ライオンよりも大きな叫び声。」

といった感じで、自分を解放して、自由に生きる女の子がいる。

「スーパーの女」も同じ。
堂々と生き生きと、楽しそうに働く人たちの姿は見ているだけで
涙が出るほど嬉しい。








普通の主婦として生きていた女が、
働くことの楽しさを知って、夢中になる。
花子はカリスマ性があって、気丈で強く、まさにスーパーウーマンでした。
こういう人になりたいと心から願う。
(花子は本当にスーパーウーマンで、この映画はほとんどおとぎ話で、
普通の人がこんなに厳しい基準でやったらそれこそ潰れてしまうけど)

花子と五郎は「日本一のスーパー」を目指すけれど、
売り上げでは大手には叶わない。規模だって到底無理。
だけど「お客さんのことを日本一考えるスーパー」なら
自分たちにだってできると気づく。
これは、誰もが自分の仕事や人生に置き換えられるでしょう。
利益でのし上がることは難しい、規模を拡大することも難しい、
だけど自分で出来そうな範囲で一生懸命頑張ったら、
その部分では天下を取れるかもしれない。
これなら自分にでも出来る。



ヒーロー的なカタルシスだけでなく、
前述の通り、いろんな要素がある映画です。
花子と五郎の淡いロマンスは、これもなぜか泣けてくるようでした。
二人のコミカルなやりとりは夫婦漫才のように楽しいけど、
ロマンチックな雰囲気になると一気にドキドキ!
宮本信子が世界一可愛い女に思える。
津川雅彦は、大御所オーラがすごくて、普段怖いくらいだけど、
この映画では情けなくて頼りなくて、でも可愛くて母性本能をくすぐるような。
俳優ってすごいって思った!!
日本映画史上、こんなに愛すべき二人が他にいるでしょうか。

カーチェイスシーンは、スーパーが題材の映画とは思えないほど本格的。
キャストも豪華でみんな笑っちゃうくらいハマリ役。
この映画は正直、1996年に作られたとは思えないほど、
演出や演技が古臭いんだけど、それがいいのよ!「映画」って感じで!





これを見た後は必ずスーパーに行きたくなる。
隅々までチェックしてみたくなる。
スーパーで働いてみたくなる。
働く人の顔を見ていたくなる。
どんな仕事だって、公明正大に頑張ろうと思える。
そうしたら、何か良いことあるかもしれないと思える。
正直にやっていれば報われるかもしれないと希望が持てる。
それだけでもう幸せじゃないですか。





 
 
プロフィール
 
 

Coco Iijima

Author:Coco Iijima
ヒップホップ・アクティヴィスト
1990年 東京生まれ

気になることあったらコメント、
またはメールaaliyahr.kelly2001@gmail.com ください。
大歓迎です。お仕事のご依頼も上記アドレスまで。

 
 
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