been dazed and confused for so long 

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Joanna Newsom


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ジョアンナ・ニューサムというアメリカの歌手。
ハープを演奏しながら歌う、とても素敵な歌手。
2000年代初頭から活動していたということで、
確かにあの時代の空気感が伝わってくる。
そんなに昔の話ではないけどね。


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本当は辛くて生きるのが大変なのを、
この独特の世界観で隠している感じが良い。

ファンタジーぽくて子供のようで、
歌い方とか曲調からしてハッピーなはずなのに
ハッピーじゃない。

大人になって(この人ももう33歳だ)、
それなりの大人の振る舞いやキャリアを求められるけど、
心が追いつかないし、違和感がある。

現実はとても辛くて厳しい。
そこから逃げるために、自分の安静を保つために、
ファンタジーの世界に逃げる。





En Gallopは、夏の夜にくりかえし聴いた。
夜を散歩しながら、ぬるい風や草木や外灯がこの曲に合っていた。
涙を誘うわね。



















私も厳しい現実に耐えられそうにないとき、
この人の曲を聞きます。
そうすると正気を保てそう。

ハープと女の子の組み合わせって良いね。
おとぎ話に出てきそう。
もちろんハープと熟女も素敵だと思います。


衣装とかも妖精とかお姫様みたい。


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いのちの食べかた


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2007年のドイツのドキュメンタリー映画。
映画というよりは、映像情報といったイメージ。
監督はNikolaus Geyrhalter(ニコラス・ゲイハルター)さん。

肉や卵や野菜の生産や加工の場で、
作業の過程を淡々と映し出す。
めっちゃドイツっぽい。




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bizmakoto.jp

これなんか、ちょっとグルスキーの写真ぽいわ。





セリフもナレーションもキャプションも音楽も無い、
淡々と映像だけが流れる。
カメラの位置もアップすぎず、引きすぎず、
ニュートラルな立場を貫いている。

牛の屠殺や、種付けのシーンはやっぱりショッキングで
目を背けたくなったけれど、
観客にその残酷さを訴えているわけでは決してない。

食への感謝はたぶん万国共通で、
日本では「いただきます」があるし、
クリスチャンは食べる前にお祈りしたりする。
食は天から恵まれたものという感覚がどこでもあるんだろう。





生きるということはとてもシビアだ。
現代は過程を知ることなく食にありつけるけど、
他者を犠牲にせずには生きていけないという現実は変わらない。
出来るだけそこから目を逸らす。
生きることは罪でもある。Sinだ。
それはどうしようもない。
だけど悪びれずに生きよう。
それが幸せのコツだ。
(現実ばかりを見ていたら正気を保てなくなる。)


ちなみにベジタリアンやビーガンになる、
という選択肢もあるかもしれないけど、
それはありえないっす。いまのところ。
あんなに美味しいものを諦められないというのもあるし、
もしも本当に全人口が肉魚卵を食べなくなっちゃったら
その生産業者を殺すことになってしまう。
動物よりも人間の幸福を優先するよ。同類だもん。


Absolute Solitude


以前にも何度か触れた気がするけど、
Adrian Tomine(エイドリアン・トミネ)という
コミックアーティストが好きです。

アメリカの都会(主にニューヨーク)の暮らしや人間関係を
表わすような絵が特徴的で、おしゃれでポップ。
だけど、都市の、人間の、圧倒的な孤独を感じる。
ただのイラスト=挿し絵ではないことが分かる。


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東京のような都会に暮らしていると、
たまに正気を失いかける。
こいつら誰なんだ、何なんだ。
何が悲しくてうつむいているのか、
何が楽しくてそんなに笑っているのか、
その理由を知ることさえできない大きな隔たりを
毎日毎日受け止めなくてはいけない。

そもそも知らない人と毎日会うって、異常事態じゃないか。
あまりに多くの情報を受け取るけど、
そこから自分が平静を保てるようにコントロール
しなければいけない。


この大都会の中にいくつものコミュニティがあって人間関係があって、
そのどこかに私も属してはいるけど、その正体はなんなのか。
人との繋がりを求めて属して、物理的には距離が近くても、
少しでもすれ違えば一気に心が離れる気がする。

飲み会とかパーティのような社交的な場所に出向けば、
一瞬一瞬は錯覚みたいに孤独から逃れられるけど、
あまりにも一時的で虚しい。

私たちは誰もが、どうしようもなく孤独だ。
それをどう捉えるかは人それぞれだけれど、
きっと多くの人がそれに翻弄されてしまう。




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といった印象を受けます。
エイドリアンさんがこんなこと考えているかは分からないけど。

だけど、それを見ていて悲しくなることはなくて、
むしろ、共感から来るカタルシスが心地よい。
「コミックアーティスト」というだけあって、
コミック(漫画)も多く発表しているけど、
まだ読めていないので早く買いたいなー。




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ファッションについて Vol.2


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山縣良和さんとミキオサカベさんが書いた
「ファッションは魔法」って本あるでしょ。
まだ読んでないんだけど、、、

本当にファッションは魔法だと思うの。
甘くて素敵な魔法だけど、邪悪でもあり、
人をまんまと騙してくれちゃう。
ものすごく強力だけど、
それでいてすぐに解ける、儚い魔法。
そんなのファッションくらいのものよ。





高級ブランドのショーウィンドウを見ても、
アンティークや古着の並んでいるのを見ても、
はたまたリサイクル品もファストファッションも、
ファッション雑誌も、展示会も友達の作品も、
私を魅了して止まない。


ため息をついて、手を頰について、どうしようかと考える。









ファッションの悩みは尽きない。

アンテナを張れば張るほど、素敵なファッションに出会えるけど、
でもその全てを自分が身につけるものとして消費したなら、
それは素敵じゃないでしょ?

素敵な服がありすぎて、素敵なスタイルがありすぎて、
みんなどうやってそこから自分に合うものを選んでるの?
毎日取っ替え引っ替えなんて嫌だからなるべく我慢するけど、
どうしても色んな服に魅了されてしまうの。

アイデンティティーによってファッションを選ぶべきだとしても、
アイデンティティーなんてそんな脆いものを頼りにできないよ。
例えば、2月にロンドンとパリに旅したときにも痛感したけど、
旅先だとすぐにファッション感覚が変わる。
日本では着ないような服、買っちゃったもん。
環境(気候はもちろん、現地の文化や流行)と気分の変化で
簡単に変わるアイデンティティーって何だ。
そんな希薄なもの信用出来ないんだよ。
もはやヌーディストになりたいくらい
自分のアイデンティティーがわからない。






ああああーーーーーーーー
自分のスタイル持ちてぇーーーーーーーーーーーー



誰か私からこの魔法を解いてよ。
これ以上私を魅了しないで、ファッション。



いやらしいのは、こんなにファッションが好きなら
毎日取っ替え引っ替え色んな服を着て、
お金も身も心もファッション業界に捧げてしまえばいいのに、
変なプライドがあって、断固として
「自分」を保っていたいのよね。
そんな毅然とした「自分」こそ虚構なのに。


こんなカッコ悪い自分がいやだ。
ミーハーな自分がいやだ。
そのくせにプライドも高い自分もいやだ。

いやだいやだいやだ。

この魔法(という名の病)は、
私の心をつかんだその日(2004年の9月)から
今日まで解けないくせに、
単体の服やスタイルにおいてはすぐに解けやがる。

数年前に一目惚れして買った服も靴もジュエリーも、
今見るとなんだこれって身震いするほどダサかったり。
去年まで流行っていたスタイルがなんとも気持ち悪く
思えたり。


ファッションという名のジェットコースターに乗って、
途中で線路が壊れてそのまま死にてえ。










これまでさんざん、友達とファッションを語ったり、
このブログにも考察したあれこれを書き綴ってきたけど、
結局なんも解決してないね。
そろそろ読むか、「ファッションは魔法」。
山縣さん主催の絶命展あったけど、そこで絶命すれば良かったんだ。
(そこに出展した友達とも縁を切った)

ファッションの魔法はきっと私が死ぬまで解けてはくれないだろう。
死ぬその日まで、私は踊らされたまま、夢見る少女(25歳)のまま。
誰か「ファッションは魔法」買ってーーー。



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(このイラストどなたが書いたか分からないので分かる人教えて)



ディオールと私


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観てきました。「ディオールと私」!
渋谷のBunkamuraにて。

予告をYouTubeで観て、それだけでもう涙ぽろぽろ。
絶対に観なくてはと思ったよ。







「ディオールと私」は、
ディオールのデザイナー/クリエイティブディレクターに就任した
ラフ・シモンズを中心に、ディオールのアトリエのスタッフや、
ファッション業界関係者をオートクチュールコレクションまでの期間
取材したドキュメンタリー映画。

誰もが知る権威あるブランドであるディオールに、
オートクチュール未経験で、しかもデザインの方向も異なっているような
ラフ・シモンズが就任というニュースは確かに驚きだった。
(ラフ・シモンズはメンズの、ミニマルなデザインが特徴的。
その反面ディオールのイメージはフェミニンで可愛らしい)

気難しそうなラフの性格がよく見て取れる。
針子に指示を出すラフ・シモンズは常にナーバス。
だけど針子のおばちゃんたちは、さすがベテラン。
大変なんだろうけど、高い技術と誇りで、
なんなくコレクションを乗り切っている感じ。
みんなとても純粋で楽しそうだった。
コミカルで笑えるシーンもたくさんあったよ!

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数人がかりででビーズのドレスを縫うシーンは鳥肌もの。
もちろんモデルがランウェイを歩くシーンも鳥肌もの。
最後のラフ・シモンズの涙にスーパーもらい泣き。
ショーが終わった後の拍手喝采に身震いまでしちゃった。
ああーーもう一回観たい。
私たちが近づくことすらできない
トップのクリエイションの世界がそこにあった。



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思えば中学生の頃、毎日のように雑誌やSTYLE.COMで
トップメゾンのオートクチュールのコレクション写真を見ては、
うっとり幻想に浸っていました。
自分の普段着とはかけ離れた(当たり前だけど)
ファッションの世界に現実逃避するのが大好きでした。
そのとき、私は本当に救われました。
学校や人間関係や思春期独特の自我の芽生えで、
辛い思いをして生きていた中、ファッションの、
特にああいったモードの世界が私を救ってくれた。

その舞台裏をじっくり2時間かけて観られたのだから
涙して当たり前よね。いい映画だった。







ただ、ガリアーノのガの字も出てこなかったのには、
ディオールという会社の圧力を感じますね…。
(ディオールは長年デザイナーに就任していたジョン・ガリアーノを
「人種差別的発言をした」として解雇しました。)
ガリアーノ解雇のとき、
「ガリアーノのいないディオールなんて悲劇だわ」
とコメントしてた業界人もこの映画に出てきていたなあ。
ガリアーノ世代(?)としてはちょっと悲しい!




Vogue Talent Contest 2015


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suekatz.typepad.com



約半月間、コンテストに向けて文章を書くことに集中していました。
イギリスのVOGUE誌が主催する、Vogue Talent Contest (以下VTC)。
ジャーナリストやライター志望の人のためのコンテストで、
与えられた課題(ファッション、美容、カルチャーなどなど)
について書いて郵送するもの。
量は全部合わせて大体2,500単語くらい。

締め切りの約2週間前にこのコンテストの存在を知って、
震えるほど応募したいと思った。
いままで、写真のコンテスト(大学は写真学科だったんです)
とかたくさんあっても応募する気には一度もなれなかったけど、
このVTCは、半ば運命のようで、全く迷いがなかった。





書いている期間、とても充実していて楽しかった。
もちろん英語で書くから、英語力も格段に上がったと思うし、
ちぐはぐな考えをどうにかして文章にまとめようと
試行錯誤しているうちに、新しい考えが生まれたり、
疑問に感じてたことへの答えが生まれたりすることがある。
書くことの楽しさはそこに尽きる。


英語のネイティブでない私は大きなハンデを背負ってるし、
応募できる年齢も今年が最後で、
いろいろとプレッシャーはあったものの、
いつもこのブログにコメントくれる方や、
メールで感想くれたり励ましてくれる方のことを
思い出しました。

私はできる。自分の文章で、自分の考え方で、これまで
たくさんの人の心を動かしてきたんじゃないか。
と言い聞かせました。

みなさん、本当にいつもありがとう。
心の底から感謝の気持ちが溢れました。

自分の感受性が大好きだ。これさえあればなんでもできると思った。
生きている感じがした。





このコンテストの存在を知る直前まで、
ちょっと精神的に参っていた、というか無気力になってしまっていた。
だけど水を得た魚のように書いて過ごすことができた。
まだ結果はわからないけど、ありがとうVTC。
でも優勝させてね、頑張ったから。
(優勝したら1000ポンドだぜ!!)

協力してくれた方々、本当にありがとうございました。
インタビューさせてくれた人、英語の添削してくれた人、
プロフィールの写真撮ってくれた人。
何より両親には頭が上がりません。
多分一生上がりません。
四半世紀も生きると、親のこと考えるだけで感慨深くなってしまう。
泣きそう……ありがとう。


 
 
プロフィール
 
 

Coco Iijima

Author:Coco Iijima
ヒップホップ・アクティヴィスト
1990年 東京生まれ

気になることあったらコメント、
またはメールaaliyahr.kelly2001@gmail.com ください。
大歓迎です。お仕事のご依頼も上記アドレスまで。

 
 
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