been dazed and confused for so long 

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鬼畜(ネタバレ)


大学入学して、嬉しかったことの一つが、図書館にあるビデオ・
DVDの多さ。さすが日芸、映画学科があるだけのことはある。
貯蔵室みたいなところに大量にある。もう4年間TSUTAYAに
行くことはないでしょう…。





そして先日、授業と授業の間が空いて暇だったのでビデオ一本
見ました。

鬼畜





ずっと見たかった映画、78年の「鬼畜」。

松本清張の原作で監督は野村芳太郎、出演は緒方拳、岩下志麻。


これを見終わった後、お昼ご飯だったんだけど、気分悪かった。
もう怖くて怖くて、「鬼畜」の後にお昼はキツい…。



あらすじ:印刷屋を営む竹下(緒形拳)と妻のお梅(岩下志麻)
のもとにある日、竹下の愛人が3人の隠し子を押し付けて失踪した。
妻のお梅は子どもたちに辛く当たり、やがて、末っ子の赤ん坊が
不慮の事故で死んでしまう。お梅が故意に仕組んだと察した竹下
は残る2人も何とかしなければと追い詰められて行き…。(Yahoo!映画)


3歳の次女は東京タワーに連れて行って、楽しませておいて、
そのまま置き去りにする。6歳の長男も毒殺しようと試みたりするけど、
頭がいいもんだから中々うまくいかない。結局、旅行に連れ出して、
楽しませておいて、疲れて寝ているところを崖から落とす。

長男は奇跡的に命拾いして警察に保護されるけど、警察に何を
聞かれても黙秘、最後まで父親をかばう。


あーー。すごい…。辛い。


なんて馬鹿なんだろ、なんて我がままなんだろ。主人公は自分の
幸せを考えてこうしたのかもしれないけど、あまりにも想像力が
なさすぎる。まず愛人つくって子供を3人も作っちゃうのが馬鹿。
育てられるのか、妻にバレないか、そんなこと簡単に想像がつく。
一人出来ちゃったならまだしも、3人も。

その3人を押し付けられて、妻になじられたからって殺すのも馬鹿。
殺せば妻の怒りも収まるし、これで幸せになれる、とでも思ってるのか。
そんなわけない。いつか世間的にバレるだろうし、バレなくても罪悪感
で一生気が休まらない。

まさに鬼畜。


それに岩下志麻の怖さ!「極道の妻たち」で見たときに「怖い!」
って思ったのなんて序の口だった。「鬼畜」でも岩下志麻はもう、
般若。虐待シーンでは目を覆うしかない…。お梅(岩下志麻)が、
事故に見せかけて末っ子を殺した夜、緒形拳に、

「あんただってほっとしてるじゃないか」
「あの子たちの顔を見るとあの女を思い出すんだよ」

っていって、泣きわめきながらセックスを求めるシーンがあるんだけど、
これは私が見た映画史上、最悪のセックスシーンだったと思う。

気持ち悪くて、吐き気がした。子供を殺した夜にセックス。
セックスっていうのは子作りであって。殺して作る。
(お梅は子供を作れない体だけど)獣みたいというか、
本当に「鬼畜だ」と思った。





竹下が長男を崖から落とす前夜、旅館で酔っぱらいながら自分の不幸な
生い立ちを語るシーンがあって、このシーンのせいで、少し竹下に
同情してしまった。間違った感情かもしれないけど、可哀想に思った。
不幸な境遇から抜け出すチャンスもなかった人はどうしたらいいのか。
そういうマイナスの連鎖は続いてしまって、きっと竹下の子供たちも、
将来、悲しいことに、こういう不幸を生み出してしまうんだと思う。

この映画を見た後はとにかく残酷だとしか思えなかったけど、今は、
続いてしまうマイナスの連鎖を、どうすれば止められるのか考え
させられた。
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Passion Pit


passionpit.png



ボストン出身の5人組のパッションピット。

泣けるエレクトロポップ。

彼らを教えてくれた友達に感謝。

特に「The Reeling」って曲。



「僕たちは穴を掘って、そこが僕らの家になって
風も雨も寒さも感じられない。

僕の人生はずっとこんな感じなのか?

僕を見て、僕を見て、僕はいつもこうなの?
Oh no, oh no
今、誰かが来て単純にさらってくれないかと思ってる。

毎日毎日、目が覚めては神に祈る。
『今日こそは』と

でも僕はここにいる ここにいる
誰か、いつか理解してくれるのか?
Oh no, oh no」





不甲斐ない、歯痒い、覚束ない、情けない。

傷つくのが怖いから殻に閉じこもる。

そんな自分が嫌で嫌で、誰かさらってくれないかなんて夢見る。

まさに17の私!


歌詞をちゃんと注意しながら聞いてからは、涙が止まらない。
昔の自分みたいな少年が歌われてるんだもん。
こんなに不甲斐ない歌詞なのに、曲調はポップで明るくて
踊れちゃうような曲。だからますます切ない。


パッションピット、ありがとう。


「Look at me, oh look at me
Is this the way I've always been?
Oh no, oh no」

Here I am, oh here I am
oh when will someone understand?
Oh no, oh no」



VOGUEやNumeroやNYLON USA…


vogue2.jpg


kate moss vogue first cover



ファッション誌を写真の質で見ていくと、やっぱり、「VOGUE」という雑誌
はすごいと思うのです。やってくれる。歴史や伝統を考えても、やっぱりあの
雑誌には叶わない。

有名写真家たちが撮ってるし、もう質といい、コンセプトといいモデルといい、
あまりの素晴らしさに白目むきそうになる。あんな質の高い「写真集」を毎月
700円とかで買えてしまうのには本当に感謝したい。特にイタリア版は迎合せず
にやりたいこと貫き通してる感がたまらない。(本場のはずのアメリカ版は好き
じゃないw 有名なアナ・ウィンターの編集だけど、彼女のセンスはどうしても
好きになれないのです…)



numero011_0304.jpg


それから「Numero」も素敵。ポリシーというか、キャッチフレーズは
「毒抜きされたモード誌はいらない」だしね。写真がいいのは勿論、独自の
ファッション論とか、対談とか(編集長をとりまく交友関係が分かるような)、
女優とかタレントとかモデルのラグジュアリイなファッション写真特集(?)
みたいなコーナーも素敵。「この女優がこんな顔するんだ!」っていう
「月刊シリーズ」(新潮社のグラビア雑誌)を見るときの感覚に似てる。
最近は創刊当初に比べて随分「毒抜き」されてきてしまったと思うけど、
それでも写真や文章の質はいい。



nylon.jpg


「NYLON」も大好きだった。今でもアメリカ版は好きだけど、日本版は
終わった。創刊当時(2004年くらい?)から2007年くらいまでは最高
だったのに、今は質の下がった写真と、つまらない特集記事ばっかりで、
全然ダメ。より多くの若い日本人の女の子にウケようとしてるのか知ら
ないけど、つまらない。

前は写真も記事もレイアウトも特集もコンセプトも、1ページずつが全て
カッコよくて絶対に捨てられなかった。例えば他の雑誌なら、見飽きたもの
は好きなページだけ切り抜いて捨てることができるけど、NYLONは全ての
ページが作品って感じで、もう「雑誌」なんて言えなかった。作品集という
感じ。毎月発売日にはドキドキしながら本屋さんに行って、立ち読みもせずに
買ってた。私が目指す理想の女の子像そのものだった。ストリートで、ヒップで、
だけどセクシーでラグジュアリイな顔も出来る。そんな女の子像。




質のいい雑誌を見ると、雑誌は単なる雑誌ではないんだなって思います。
1ページ1ページを何人もの人が集まって作り上げた芸術作品なんだと思う。

雑誌だってパソコンで読むような時代になってしまって、これからますます
売れなくなるだろうし、もしかしたら雑誌なんて存在しない世の中にいつか
なってしまうかも。だけど、写真の印刷されたページをめくる感覚とか、
紙の重さとか、パソコンで読むんじゃ替えられない部分もあると思う。

モナリザ・スマイル


モナリザスマイル3



「モナリザ・スマイル」

製作年:2003
監督:マイク・ニューウェル
出演:ジュリア・ロバーツ、キルステン・ダンスト、ジュリア・スタイルズ
マギー・ギレンホール


あらすじ(wikipedia)
1953年、リベラル志向の美術教師キャサリン(ジュリア・ロバーツ)は、
夢であった名門ウェルズリー大学へ新任した。しかし、米国一保守的と
いわれる大学で学ぶ学生たちはリベラルから程遠いものだった。キャサリン
は授業を通して学生たちを変えようとする。





リベラルなキャサリンが保守的な壁をぶち壊して、どんどん生徒たちを変えて
いくのが見ていて気持ちが良かった。当時の女子大では、「組んだ脚の戻し方」
なんていう授業が行われていて、大学は良い大学(ハーバードなどのアイビー
リーグ)出身の旦那を見つけるための場所でしかなかった。現代の私たちから
見たらバカバカしくてしょうがないような状況を変えてくれたのが、当時の
キャサリンみたいな女性たちなんだと思う。

キャサリンの生徒の一人、ベティ(キルスティン)のこれからの冒険にこっち
までワクワクする。それまで親の言うことをちゃんと聞いて、当時の世間の
良いとする完璧な女性になろうと必死だった彼女が、それを全部捨てて、
思い切って離婚して、全く新しい人生をスタートする、っていう大冒険。
これからどうなるのか、逆風に耐えられるのか、色々不安なんだろうけど、
希望に満ちてて、見てるこっちまで嬉しくなった。




こうやって、50年代の保守的な社会の感覚から、主人公みたいな女性たち
が体制を壊して、今まで進化してきて、そうやって時代の先を読んで自由に
生きることが、2010年現在の私たちの目から見ればかっこよく思える。

だけど、2010年、一番進んでる女性の生き方ってどんなんだろう。
大学に行って、その後は働くっていうことが当たり前の現在。性別のせい
でひどい扱いをされたりすることも少ない現在。女性はこれからも、より
自由にアグレッシブに生きるべきなのかな。

強い人は、そうやって生きられる。だけど、女性がひとりで体制を壊して
いくっていうのは、やっぱり過酷だ。

今の時代、「家庭に入って子育てだけをするのは型にはまってるから、
私は働く」って言うのも型にはまってる。自分が本当に働きたいなら
もちろん働くべきだけど、家庭に入って子育てしたいと思ってるなら
そうすればいい。家庭に入って子育てすることだって、外で働くのと
同じくらい大変なはず。


個人的に、以前は、みんなと同じように綺麗にお化粧して髪茶色くして
巻いて、着飾ってっていう感じの女性には絶対なりたくないって思って
たんだけど、ここ最近はよく分からない。写真家の米原康正さんは、
雑誌の「AneCan」のことを、「『男社会で生きるアベレージな女性に
なるために、何がスタートとして必要なのか』という情報が満載だ」
ってAneCanのこと指摘をしてた。悲しかった。女性は「アベレージ」
でなくては死ぬ程生きづらいから。

体制に歯向かって、スタイルを崩して、そういう生き方も、学生のうち
ならまだいいかもしれない。だけどどっかの会社に入ったり、お金を
もらって仕事をするようになったら、そんなことはしてられない。
自分のため、会社のため、社会のため、家族のため、働かなくちゃ
いけない。だから、体制に迎合して「アベレージ」にならなくちゃ
いけない。そういう女性達は尊敬しなくちゃいけない。見ていて悲しい
気持ちにはなるけど、彼女達は迎合することも「アベレージ」になること
も受け入れて生きて、えらい。(好んでそういう生き方をする人が大半
なんだろうけど。)それに彼女達の夢は、結婚して幸せな家庭を持つこと
だろうから、そうしないと夢は叶えられないんだ。夢が叶って家庭を持ったら、
ますますアベレージに近づかないと、旦那や子供に大きな負担をかけちゃう。
「個性的な妻」や「個性的な母」なんて望まれない。

アベレージじゃないせいで孤独を味わったり、「強い女」だと思われて、
辛いときに助けてもらえなかったり、体制に歯向かう生き方はやっぱり、
過酷だ。相当な勇気とか信念がないと、ダメになっちゃう。辛くても
歯を食いしばって一人で耐えなきゃいけない。「モナリザ・スマイル」
のキャサリンは頭が良くて強い女だけど、私なんかは頭は良くないし、
弱いから、周囲に迎合して色々と助けてもらわないと生きていけない。



と、色んなことを考えさせられる映画だった。細かいところまで
よく出来てるし、ヴィジュアル的にもいいし、良い映画だと思う。



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プロフィール
 
 

Coco Iijima

Author:Coco Iijima
ヒップホップ・アクティヴィスト
1990年 東京生まれ

気になることあったらコメント、
またはメールaaliyahr.kelly2001@gmail.com ください。
大歓迎です。お仕事のご依頼も上記アドレスまで。

 
 
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