been dazed and confused for so long 

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No matter how temporary


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アメリカに留学していた2008年後半、通っていた学校の先生が
「Blankets」ていう漫画を貸してくた。もちろん英語。そのときの
感動が忘れられなくて、帰国後アメリカから取り寄せて買っちゃった。

著者のクレイグ・トンプソンのバイオグラフィーで、寒さの厳しい
ウィスコンシン州で育った彼の繊細な感性が覗ける。小学生の
ときからガリガリで、周りのガキんちょたちからイジメられて、
周りの大人から性的な虐待を受けたりして、家では宗教深い両親
に厳しくされて、弟はやんちゃで(でもその弟をすごく大切に
思ってる)、そんな冴えない人生の中、高校生でレイナっていう
女の子と出会う。レイナとの恋愛を通して、互いのこれまでの
痛みを分かち合って、お互いに成長していく。結局レイナとは
別れちゃうんだけど、大きな存在としてずうっとクレイグの中に
いつづける。っていうような話。


思春期になって、周りの圧力に抵抗したり、自分の意見を通したり
する力を持っても、所詮、思春期(10代?)なんて、世の中の物事を
理解し始めただけで、これから何年も何年もかかってやっと「分かる」
っていうことが積み重なっていくんだと思う。だからもちろん、現在
19歳の私もまだまだなわけで。


アメリカの漫画って、面白さだけ重視してクオリティー低そう…って
思ってたけど、違った。日本の漫画みたいに、繊細な微妙なとこまで
しっかりついてる。

これを読んでたとき、私もアメリカ東海岸の寒いところにいたから、
漫画の中の寒そうな雪の場面とか、かなり現実的に感じられた。
寒い中で、雪景色の中で隣に見る、愛しい人の美しさ。
もう寒さなんてどうでもいいのね、惚れてると。





最後の文章が、すごく心に残る。

"How satisfying it is to leave a mark on a blank surface.
To make a map of my movement---no matter how temporary"

「真っ白な地面に自分の足跡を残すことはなんて満足感のあることだろう。
自分の動きの地図を作ることは。 それがどんなに一時的なものでも。」




先生に、この本の感想を聞かれたとき、「Beautiful」って答えた。
「Beautiful」ていう言葉しか思いつかなかった。日本語だと「美しい」
…ちょっと違和感があるんだけど、とにかくBeautifulで切なくて、
どうしようもなくなる。アメリカ人でもこんなに繊細な微妙な心情を
持ってるんだって思った(笑)

「Blankets」について書かれたブログを見つけてね、アメリカ人の
ブログだから英語なんだけど、「言葉がページの上をスケートしてる」
って表現されてて、うまいなー!って思った。
そうそう、スケートしてる感じなんだよ。



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「級友」/同窓会


高校の教科書の中に、津島佑子の「級友」っていう短編小説(?)
が載ってた。(エッセイかな)

文体が好きで、何回も何回も読み返してる。読む度に幸せな気分になる。


主人公(津島佑子)が仕事や家族関係が中々うまくいかない中で、
大人になった今でも、ひそかに応援してくれている小学校の同級生、
フグボーの存在を知って幸せを感じるっていうような話。フグボーは
病気で40歳を前に死んじゃうんだけど、フグボーがいつまでも主人公
の心にいるの。「生きる歓び」みたいのを感じた。


中学や高校やそれ以降を通して、人はだんだん大人になっていっていくけど、
大人だって子供みたいに泣いたり誰かに甘えたりしたい。誰かを頼っていたい。


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この前ね、同窓会があったの。小学校の。

殆どの人と卒業以来初めて、つまり約8年ぶりに会って話した。

最初は緊張してたんだけど、すぐに楽しくなった。あの頃の記憶が戻って、
すっごく盛り上がった。みんな色んなこと覚えててくれて嬉しかったなー。
すごく団結力のある学年で、みんなと仲良くて、楽しい小学校時代だった
から8年ぶりに会っても、あの頃を忘れてなかった。

私は中学・高校と、離れた私立の学校に通ってたから、約8年間地元や
地元の友達と離れてたんだけど、この前の同窓会以来、「ああ、私が毎日
帰る場所はここなんだな」って思った。分かち合った友達がみんなここに
住んでる。8年の間に、色んなことがあって(みんなそうだけど)辛いことも
いっぱいあって、そのときに地元の駅に着いても何も思わなかったけど、
今なってみれば、どうしてもっと、みんなを頼らなかったんだろうって思う。

中学高校、それ以外にも友達は沢山出来たけど、彼らとはある程度大人
になってから出会ったから、弱いところを見せるのって少し抵抗あって。
8年間感じてた寂しさや、ある種の孤独感を救ってくれたのは、やっぱり
地元に住む小学校時代の友達だった。私、彼らの前では何にも強がら
ないで、弱いところ見せられる。泣ける。外で辛いことがあっても地元に
帰って、みんなと話せる。


私の地元ってね、ほんっとつまんない所で、ダサくて、大嫌いだったんだ
けど、私の愛する大切な友達が沢山いるから、また好きになった。
会わなくても近くに住んでるから、繋がってるって実感できる。

とはいえ、多分ほとんどの人があと2年で就職するから、地元を離れてく。
そうでないにしても、いつか結婚したりで、みんないつまでも、ここに
住んでいない。もちろん私も、外に出る。悲しいけど、絶対避けられないし、
避けたくない。大人になるって、切ないなあ。

バベル


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「バベル」

製昨年:2006
監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
出演:ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、ガエル・ガルシア・ベルナル
    菊地凛子、役所広司



公式サイト

「遥か遠い昔、言葉は一つだった。人間たちは神に近づこうと、天まで届く
塔を建てようとした。怒った神は言葉を乱し、世界はバラバラになった。
私たちは未だ、つながることができずにいる。 届け、心」



一見、ハッピーエンドにも思えるような、希望が見えるような映画だった
けれど、「繋がること」がテーマの映画だから、何にも解決してない。
監督から、課題を突きつけられた気がした。これから繋がるために何を
しなければならないのか。



この映画で、特に興味を惹かれたのが、やっぱり話題になった東京のシーン。

聾唖で、母親が自殺した女子高生(菊地凛子)の、想像を絶するような孤独
を想像してみた。

耳が聞こえないということで、人とうまくコミュニケーションが取れない。
疎外されてしまう。父親(役所広司)とは分かり合えない。母親は、父親が
持っていた銃で自殺してしまった。誰かから愛されたくてしょうがない。同じ
聾唖の友達の紹介(?)で、男の子たちと知り合う。みんなでクラブに行って
踊るけれど、男の子は自分の友達といい感じ。そのときの彼女の顔。クラブの
照明にチカチカ照らされて、ものすごく悲しい顔。皆が音楽を楽しんで踊ってる
中で、孤独、孤独、孤独。愛されない。聞こえない。

正直な話、私だって耳が聞こえない人と、進んでコミュニケーション取ろうと
思えない。勇気がない。そんな私みたいな人間が、彼女を蝕んでる。悲しかった。
彼女の孤独を救ってあげられるのは何なんだろうか。彼女の孤独を想像すると、
悲しくてしょうがなかった。ラストシーンが意味深だけど、彼女はこれから、
誰かと繋がって幸せになれるのかな。東京のシーンでは、身近な人とも分かり
合えずにいる人間に、大きな課題を与えられた気がする。




興味のないことはどうでもいいって顔をする人間が、人を蝕んでいくと思う。
私もそういう人間だったのかもしれない。だけど、「バベル」の中の彼女
みたいな人は沢山いるはずで、そういう人たちを、どうにかして助けてあげたい
っていう気持ちだけでも持てた気がする。助けてあげるだなんて生意気だけど。

人と関わることを避ける人間はいっぱいいる。そりゃあ、生きていれば人を
信じられなくなったり、人が嫌いになっちゃったりすることは沢山ある。
それでも、自分が傷ついても傷つけても、私は人と関わりあいたい。


もしも、世界平和を目指すなら、自分のことだけ考えちゃダメなんだ。
自分のことだけ、自分の国だけ、有名な国だけ。だけど、聞いたことも
ないような国にも、人間はいる。もっとフラットな目で、世界を見なく
ちゃいけない。世界はなまぬるいはずがない。無関心ではいけない。
あきらめちゃいけない。

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西洋と東洋の顔


今ふと思った。

西洋の昔の人物画の顔は現代の西洋人の顔と同じなのに、
東洋のそれは現代の東洋人の顔と違うんだろ。

浮世絵とか、あの顔、現代にはいないし、あれが美人とされてた
としても、東洋人はここまで顔が違ったのかな?

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現代の西洋人と同じ。



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こういう顔は今なかなか居ないよなー。

それにしても、両者とも素敵。

書を捨てよ 町へ出よう/グミ・チョコレート・パイン


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制作年:1971
監督:寺山修司
出演:佐々木英明、斉藤正治、丸山明宏



「真昼間の町に、ビルの壁に、映画なんか映せるかよ」



昭和の斬新な芸術家、表現者として有名な寺山修司の映画。
ストーリーなんて、どうでもいいんだと思う。確かに青春独特の
焦燥感みたいのが伝わってくるけど、重要なのは、この映画の
冒頭と、ラスト。







書による(勉強することや映画とかもそう)知識ばっかり得ようとしないで、
実際に外に出て、人と話して関わって、体で何かを感じろっていうこと。

この映画は自分の生き方を見つめなおす、大きなきっかけとなった映画。

文科系の自分は映画大好き音楽大好き本大好き。そこで得たものの
大きさは計り知れないけど、知識を沢山持ってるから、かえってマイナス
になることもある。「書」の中の世界を信じて現実の世界が違うと辛い。






大槻ケンヂの小説「グミ・チョコレート・パイン」もそう。おんなじこと言ってる。


主人公・賢三の友達のおじいさんが言うセリフで耳に痛いものが沢山あった。


「何も知らぬくせに、映画や本の知識だけが頭の中でふくれあがっている。
知識はいらぬプライドを生み、プライドは現実との軋轢を生み、耐えられなく
なった少年は内へ内へと閉じていく。
内向は何も生まず、そして知ることを
恐れるのじゃ。」


「現実は痛みと恐怖の連続じゃ。どれだけ映画を見ようと本を読もうと
現実の痛みだけは体験しなければ絶対わからんのじゃ。そして現実の
恐怖は……立ち向かわなければ乗り越えることができないんじゃ。
失恋と自信喪失でお前はさらに象牙の塔の中へ引きこもろうとしておる。
映画や本や空想のなかに浸っていれば、ぬくぬくと安心できるからな。」


そして、主人公の片思いの相手、山口美甘子のセリフ

「小説でも映画でもわかんないね、この熱さとか、やわらかさとか、
伝わってくる鼓動のリズムとか」



本当に耳に痛かった。

「グミ・チョコレート・パイン」を読んだ当時、私も主人公たちと同じ
17歳で、本当に自分のために書かれた小説だと思った。自分が
モデルになってるんじゃないかって思った。(多分、この小説を
読んだ誰もがこう思ったはず)

そのときは、このセリフにピンと来なかったけど、2年程たった今、
胸に突き刺さる。この通りだったから。

おじいさんの言葉通り、私も映画や本の知識が沢山あって、
それに対するプライドがあった。そのプライドのせいで失なった
ものは、すごく大きい。

いくら知識があったって、現実の世界でうまく生きられなきゃ、
何にも意味がない。


芸術の世界、空想の世界に引きこもって、一生を終えるっていう選択肢も、
確かにある。こうして生きて、退廃的に死んでいった偉大な芸術家たちも
沢山いる。だけど私は、「町」に出たい。というか、出なくちゃダメだ。
芸術を、現実の痛みからの逃げにしたくない。




もちろん、「書」は大切。「町」にいるだけじゃ、それもやっぱりダメ。
安っぽい観念しか生まれないと思う。

「書」と「町」を両立して、同じくらいにうまくバランス取れたらいい。

 
 
プロフィール
 
 

Coco Iijima

Author:Coco Iijima
ヒップホップ・アクティヴィスト
1990年 東京生まれ

気になることあったらコメント、
またはメールaaliyahr.kelly2001@gmail.com ください。
大歓迎です。お仕事のご依頼も上記アドレスまで。

 
 
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