been dazed and confused for so long 

この若い存在


dita moon


物心ついたころから、毛虫が大嫌いで、見ると泣くのを通り越して
放心状態になってしまって、毛虫って言葉を聞くのも見るのも苦痛
でしょうがなかった。他の虫は全然平気なんだけど、あれだけは
どうしても、自分でも不思議なくらい嫌いでしょうがなかった。

ましてや自分のブログにこの二文字を載せる日が来るとは想像も
してなかった。


でも、ここ2・3日、こんなに不思議なくらい毛虫が嫌いなのは、自分と
似てるからかも、と思い始めた。

汚い。気持ち悪い。小さくってウジウジしてて無力。そんな自分がいつも
コンプレックス。でもいつかは綺麗な蝶になれるっていう大きな望みがある。
だから生きたいと思う。私自身、毛虫は嫌いだけど、蝶は大好き。今の私は
毛虫みたいに無力で汚い。毛虫と蝶って究極に対照的な存在で、でも元は
同じもので、そう考えると、「毛虫はなんて希望にあふれた存在なんだろう」
って感じる(笑)

同じ生き物なのに世間では醜いものの代表であり、美の代表でもある。
だから、逆に自分は毛虫なんだって思いたい。希望の固まりだから。
それに、同じものなのに対照にあるって、哲学的で芸術的。素敵(笑)




毛虫の時期は辛くて当たり前なんだ。
でも若い時期ほど自分と向き合うべきなんだよ。
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月曜日のユカ/加賀まりこ


加賀まりこl


ユカを見てると、恋愛で傷ついたっていいじゃないかって思えてくるよ。
同い年だしね。

「月曜日のユカ」
制作年:1964年
監督:中平康
出演:加賀まりこ、中尾彬、加藤武、北林谷栄


悲しい映画、シュールな映画

男を喜ばせることが生き甲斐の横浜に住む18歳のユカ。
自分に不利なことだって愛する男(特にパトロンの”パパ”)の喜ぶこと
なら何だってするっていう、明るくて素直で優しくて天使みたいな子。

「月曜日のユカ」のすごさは言うまでもないけど、この映画見てて感じたのは、
昔の日本は今ほど物が溢れてないし技術だって限られてて、だからこそ才能
のある人だけが集まって「月曜日のユカ」みたいな素晴らしくスタイリッシュ
な映画が作れたんじゃないかな。 今の日本は(世界も)情報も多いし技術も
なんだってあるから、肝心の人が何も努力しなくなってダメな映画ばっかりが
作られていく気がする。



1回見ただけじゃこの映画の悲しさは分からなかったけど、DVD買って見て
からは泣いちゃったもんな。 若い中尾彬が…泣かせる。



ラストのすごく残酷な終りかたが大好きすぎる
恐ろしいことしてんのに、ユカは平気な顔、可愛い顔。残酷だー 。
天使なんだか悪魔なんだか。

この残酷だけど可愛いっていふのは、可愛いフェミニンなワンピにゴツい
ブーツを合わせる感覚で、他の映画でいったら「ヴァージン・スイサイズ」
(ソフィア・コッポラ/1999)みたいな感じ。可愛いー映画なのに
テーマが自殺っていう残酷性が似てる。




そして加賀まりこの可愛さ。

加賀まりこ 月曜日のユカ

加賀まりこ 私生活

よく「和製ブリジット・バルドー」とか言われてるけど、私はバルドーを
「仏製加賀まりこ」と呼びたい。顔も髪も体も声も可愛すぎる。「綺麗」
って言ったらちょっと違うけど、「可愛い」ならそれの代表だと思います。

バルドーとかオードリーとかバーキンとかその時代に外国にも良い女優が
たくさんいたけど、加賀まりこは彼女らを超える日本の宝だと思う。
可愛くってカッコいい。誰よりもいつでも加賀まりこは私のアイコンだー。



 
 
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