been dazed and confused for so long 

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ファッションのゲーム


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アンソフィーバックって、クールで上品で、一見コンサバティブ
にも見えるんだけど実はがっつりパンクみたいなところがいつも好き。
何よりも装うことに対する軽さとアンチテーゼ(?)と、
新しい時代提案してる感じがすごい。


2002年のファッションショー。
The Boomtang Boysの単調な音楽に合わせてモデルが登場、
みんな笑ってて軽く踊りながらただ去っていくスタイル。
服はめっちゃゆるいTシャツのワンピースとか、ジーンズとか。
モデルが歩く度に、床に張ってあるアルミホイルみたいなのが
剥がれていく。






この軽い感覚、ファッションショーとして発表するには
衝撃的なほどラフだと思う。

2002年当時、大昔のコルセットの時代や、
ゴージャスが当たり前の80年代のと比べれば
ファッションは大分ゆるい感覚になっていたとはいえ、
まだまだキチッと頑張るものだった時代に、
さらに一気にラフな志向へ持って行ったような気が。
同時にその後、セレブを中心に超リラックスのムードが流行った。
キャミソールやチューブトップ、ビーチサンダルやムートンブーツ、
ジューシークチュールのベロアのセットアップ。
ヒール履かなくていい、部屋着のままでもいい、それがオシャレだった。

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パリスはジューシークチュールで逢い引き







同時に、90年代終わり頃からニューヨークで発行された雑誌の
NYLONも、そんな時代性を体現していた。

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当時のファッション誌といえば、ガッツリしたモード系か、
実用系(コンサバ系)か、カルチャーやアートが一体になったものが主流で、
NYLONは位置づけするならモード系とカルチャー&アート系の中間。
ただ、その"軽さ"はすごく新しくて、モードの服を紹介してるのに
友達の女の子が家に遊びに来たから適当に写真撮ってみた、
みたいな感じ。ニューヨークのストリートやアンダーグラウンドから
発生した雑誌だけど、原宿のDNAを感じる。



伝統を守るのも、エスプリを受け継ぐのも大事だけど、
新しい空気がかっこいい。








2017年現在でも、ファッションショーって大体つくりが同じで、
180cmの細身で綺麗なモデルがクールにランウェイを歩くのが主流。
プラスサイズのモデルが起用されるとニュースになるくらい、
未だに細いモデルがショーに出る。

それでもその画一的なモデルキャスティングを覆すような、
2006年のガリアーノの「Everybody's beautiful」などなど、
真に平等な表現もある。
小さい人大きい人、太い人細い人、おじいちゃんもおばあちゃんも
登場でとても賑やか。
ガリアーノはもはや生ける伝説になりすぎて
あれ、まだ生きてたっけくらいの勢いだなー。

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これはもはやファッションよりもステージ芸術の域だけど、
それでも新しさを感じる面白いショーもあります。
今期のAntonio Marrasは最高!
Antonio Marrasって、いつもすごく素敵だけど、
ザ・イタリア、ザ・モードっていう感じで、
自分には一ミリも関係ないブランドのように感じていた。
だけどこの振り付けと、極めつけのフィナーレ見たら
誰でも親近感湧かずにいられない!なんて楽しいんだ!犬まで走ってる!
もはや皆がパフォーマーだ。







普通ファッションショーって、出てるモデルも見ている側も、
クールにしかめっ面が定番だけど、これではみんな笑っている。
靴脱げてる人もいるし、おばあちゃんもオッサンもモデルやってる。
服はこんなにカッコよくモードなのに、ファッション楽しい、
みんなで踊って明るく着飾ろう、というポジティブなムードが素晴らしい。



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Something Groovy




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去年宇多田がファントム出したときさ、
もちろん活動休止からの復帰アルバムだから話題になるのは当然だし、
てゆーかクオリティがヤバすぎ (宇多田だから当たり前なんだけど...)だから
誰もが絶賛するのはいいんだけども。

なんかさ、休止中には完全に宇多田のこと忘れ、
なんなら休止前には宇多田のこと過小評価してたのに、
ファントムがちょっと大人っぽくて芸術的っぽいからって
高尚ぶって「俺は宇多田を"前から"評価してる」みたいなスタンスとる奴
うようよ発生しなかった!?!?

ちょーーーむかついて!!!
こちとら活動休止中も毎日聴いて、HEART STATIONとか聴いて
思い馳せてたのにさ!!
あいつら一気に「やっぱ宇多田」「ここまで来るとノーベル文学賞レベル」
「さすが藤圭子の娘」とか抜かしやがって!
藤圭子の娘がどうとか意味分かんないし。

にわかファンや、ファントムからファンになる人がいるのは
素晴らしいし愛おしいことだけど、"前からすごいと思ってました"感
出されるとガチガチのファンとしては胸が痛むわよ。
あなた方が以前宇多田を小馬鹿にしてたことを私は決して忘れません。

捨て曲なしって表現ってまじミュージシャンに失礼だけど、
当たり前のように捨て曲なしなんだよね宇多田は。
全ての曲が美しい。
ファントムでは、どれも大好きだけれど、
やはりKOHHとのコラボ、椎名林檎とのコラボは相当響きます。
とてもセクシー。




ところで、割と最近知った宇多田とFoxy Brownのコラボ。最高!







宇多田以外にもたくさん素敵な曲聴いています。
という訳で下記、最近大好きな曲。









くるりがラップ!しかもR&B調!
と思ってビックリした『琥珀色の街、上海蟹の朝』。
MVはタム君のアニメーションでとても可愛い。
歌詞の内容と女性ボーカルが切なくて何度も聴いてセンチメンタル。
家でプロジェクターに映像を投影しながら聴いて更にロマンチック。
こんなにGroovyな時間を過ごさせてくれてありがとう岸田さん。









Mayer Hawthorne率いるTuxedoのSo Good、
完全にアーリー80sのオマージュってゆうかモノマネ。
最初聴いたとき本当の当時のダンスクラシックスかと思った。









70年代、Thelma Hustonで有名なこの曲。
Thelmaも大好きだけど更にGroovy要素足したような
Harold Melvin & The Blue Notesバージョン。
というかこっちの方がリリース早かったらしいけど。
"Please please don't go!"って歌詞が響く。
次に誰かにフラれたときはその場でこの曲流します。









こないだ渋谷VISIONでVICEのパーティがあって、
こちら、Biz Markie氏がステージに登場。
ラップとかはさすがなんだけど、
カラオケ好きな方らしく、上手くもない歌を
延々聴かせてくるというとてもコミカルな方でした(笑)
ジャクソン5の "I want you back" をめちゃめちゃ低音で
歌う姿は巨体を感じさせないほど可愛かった。
持ち曲として披露したのが"Just a Friend"。
かわいー。ここまで愛されキャラだと90年代のラッパーコミュニティの
抗争にも巻き込まれずに済んだでしょう。





ファッショニスタの悩み


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Otsuki right before the attack



ファッショニスタの私の悩みは尽きない。
着るものと、食べるもの、飲むもの、行く場所、聴く音楽、
見る映画、つき合う人々、住む場所、
全てがファッショナブルでなければならない。
親も親戚もオシャレでなければならない。
きっとお金持ちのファッショニスタは
オシャレなスーパーに行って食材を買い、
病気をすればオシャレな病院に行く。

更にアップグレードすれば、SATCのキャリーたちみたく、
オシャレでリッチな独立した女性はスーパーなんて所帯じみた
場所には行かないのだ。

だけど私はそれが出来ない。
着るものはどうにかなるとして、
食べるものや行く場所や聴く音楽がファッション的ではない。
映画も、ファッショニスタが作った映画にはいつも懐疑的。
スーパーだってなるべく安いところに通うし、
病院になんか行くことになったらオシャレとかオシャレじゃない
という基準自体が消える。
親戚の集まりや、同窓会でのファッショニスタの一番の悩みは、
自分のオシャレ過ぎるファッションを周りに理解されずに浮き気味に
なることだ。

だから生きて行く上で、オシャレをやり通すのは難しい。
一瞬一瞬をオシャレで彩ることはできない。
(SATCはファンタジー映画だと思ってるが)
もうすぐやらなきゃいけない確定申告とか、
最高にオシャレじゃない行為をしなきゃいけない。





私は吐き気がするほどファッショニスタ。(イケてるって意味ではない)
何をするにもファッション的な視点で考えてしまう。
誰もこのことは理解してくれないだろう。
だから日常で非ファッション的な局面に置かれる度に
ギャップに戸惑うし、苦しい思いをする。
オシャレなキッドたちは一体、どこで生まれどこに住み、
何をして遊ぶの?




ファッションが好きな理由も分からない。
綺麗なものが見たいだけなら美術鑑賞だけでも済むのに。
好きな気持ちをどう落とし込んだらいいか分からない。
ピコ太郎が会見で
「自分はファッションが大好きで、行われる全てのファッションショーを
チェックしている。その全てを混ぜ合わせた結果こうなった」
と言っていてめっちゃ共感した。難しいよね、落とし込み。

「見栄」はファッションに必要不可欠な要素だ。
ファッションが大好きな私は見栄を張るのが大好きなのか。
いやでももっと、自分にも他人にも優しいファッションがあるよね。

こんなことを、もう何年も前から何度もブログに書いてきた。
きっと一生をかけたプロブレムだ。
これに向き合い、研究するために生まれてきた人生だ。
ファッションは、等身大の自分と理想とのギャップに悩むことが原点でもある。
だから私のこの葛藤は、このフラストレーションは正にファッションだ。



いろんな生き方、その方法


最近めっきり記事更新しなくなってしまった。
楽しみにしてくれている人(がいるなら)ごめんなさい。
コメントやメールがとても嬉しいよ。



唐突だが、私は今子どもが欲しい。
とりあえず、まず一人欲しい。

とはいえ結婚もしてないし、できる相手もいない。
というか結婚には全く興味が湧かない。
子どもを作ってくれる相手もいない。
仮にどうにか作ったとしても、私一人の財産では厳しい。

そこで思ったのが、子どもが欲しい友達を集めてみんなで育てる方法。
現代のちょー貧しい若者だって2-3人集まれば子ども一人くらい
育てられるだろう。子育て・家事・仕事も分担できるから楽だし。
何より子ども自身が、「この親とは合わない」と思っても
他に2人、3人と選択肢があれば、頼れる人もいるだろう。
「友達同士で育てるなんて責任感が持てない」
「友達同士なんて、いつ関係性が変わるか分からない」とか、
批判もされるだろうけど、それは普通の親でも同じだと思う。
「愛し合う男女から生まれる子どもだけが幸せ」
という幻想を私はもう長い間信じていない。
それが本当なら、ゲイは、レズビアンは、Aセク、ノンセクは、
子どもを欲しがってはいけないことになる。

お金がない、相手がいない、セクシャルマイノリティ、
これらが理由で欲しい子どもを諦めるのはもったいない。
こんなに少子化なんだから。





そんなことを考えていた折り観た映画「ハッシュ!」が正にそんな感じだった。
橋口亮輔監督、田辺誠一、高橋和也、片岡礼子主演。

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ペットショップで働く直也。気ままなゲイライフを送りながらも
充足感を得られずにいる。土木研究所で働く勝裕。ゲイであることを隠し、
自分の気持ちをストレートにうち明けられない優柔不断さにうんざりしている。
歯科技工士の朝子。傷つくことを怖れ、人生を諦めたような生活を送っていた。
やがて、付き合い始めた直也と勝裕。平穏な時が流れようとしていたある日、
二人は朝子との偶然の出会いから、その関係が揺らぎ始める。
朝子は勝裕がゲイであることを承知の上で、
「結婚も、お付き合いもいらない、ただ子どもが欲しい」とうち明ける。
allcinema ONLINE





父権的な意識が根強い人々にとったら、ゲイって時点でアウトだろうに、
そこからイカれた女が精子だけ貰って子ども作るって、
こんなに頭のぶっ飛ぶ話はないだろう。
でもこれって、今だったら全然アリだと思うの。
「普通じゃない家族」が認められつつある過程にあると思う。
もちろんまだまだ世間体は厳しいしバッシングもあるだろうけど。
それを16年前、2001年に描いた橋口監督や演じきった役者たちはすごい。

物語のトーンは思ったよりもシリアスだけど、
コメディ要素も沢山あり、気持ちが落ち着いていくのが分かる。
主演の3人がとにかく魅力的で、田辺誠一は安定の優柔不断&気弱感。
高橋和也はこないだ観た「そこのみにて光輝く」に出ていて、
結構ゲスな役で最高だったね。「ハッシュ!」では丁度いい可愛さ
と丁度いいいい加減なゲイ感が好感を持てる。
片岡礼子の男勝りなサバサバ感は、すごく自然で良かった。

橋口監督は、去年の「恋人たち」と「ぐるりのこと」しか
観ていないけど、どちらも生涯ベスト級。早く他も観たい。

家族とか、恋人とか、友達とか、その関係のあるべき姿になれなくて、
型にはまれなくて悩んでいる人に観てほしい。
こういう生き方もあるという希望、そしてあの3人みたいに、
人生にはこんな風に唐突で、楽しい出会いがあるんだという希望がある。





今日はいろいろとあって、街中ではしゃいでる子どもたちを見るだけで
涙が出てきた。あの子達がいつまでも幸せに生きてくれることを願う。
今こころから、子どもが欲しい。


セッション


Filmarksで観た映画を投稿するとともに、
いつも (何様かと自問しつつ) 点数を付けているんだけど、
極たまにどうしても点が付けられない映画がある。
面白いとかつまらないとか、良いとか悪いとか
好きとか嫌いを超越した映画。

ダウンロード




※ネタバレします



『セッション』は完全に分からない映画だった。
新しい映画のような気がした、けど自分が古い人間というだけかも。
もちろん色んなレビューも解説も、町山vs菊池の論争も読んだ。
だけどやっぱり決着がつかん。
どう感じたらいいのか分からない。
だけどめちゃくちゃ面白かった、放心状態になるほど。


この映画を新しく、そして難しい映画だと思うのは、
従来ならこういう鬼教師は、実はしっかり生徒のことを思っていて、
作戦として厳しくしごき、最後には一流になれるほどに成長させている、
生徒も後でそれに感謝する。といったカタルシスが用意されているもの。
もしくはこの教師を悪として描くなら、最後に鬼教師を貶めるといった
カタルシスが用意されている。
セッションはそのどちらでもない。
色んな人の解説やレビューを読んで辿り着いたことだけど、
「音楽」というものが、そのグルーヴが、情熱が、
善悪を超えたカタルシスになっている。




でもでもー!これでもなんかスッキリしないのはやっぱり私が
古い人間だからなのかって思って落ち込むし、
さらに見終わった直後の感想が「鬼教師許すまじ」だったこととか
ダサいしやんなるー!!

JKシモンズ怖すぎなんだよな。。。
レシストかつセクシスト、暴力、殺人(未遂)、スタバdis、
これは鬼教師とかいう生温い言葉で片付けられるものじゃない。
JKシモンズいつも良い奴役だからそのギャップを狙ったとしか思えん。
これだけモラハラパワハラ、ポリコレ云々言われている中で
こんな凄惨な映像見せられると縮こまっちゃう。
それに対抗する主人公もどうかと思うよ。
( アンドリュー役の俳優、マイルズ・テラー。
ジェニファーローレンスの男版みたいで、
さらに顔をぐしゃっとしたような。こういう顔好きだ。)


だけどだけど普通に考えてみれば当たり前の話ですよねこれ。
鬼教師や鬼上司が、本当は生徒・部下のことを思ってくれているはず、
愛のムチ、なんてこれほど甘い考えは無い。甘ったるすぎて死にそうだ。
そんな教師や上司はほとんど存在せず、腹いせだったり、
自分の弱さや嫉妬から弱者(生徒や部下)を虐めているにすぎない。
フレッチャーだってそうで、自分の完璧主義やコンプレックスから
生徒たちにしていることはほとんど殺人と言って良い。
(椅子投げるあたりは殺人未遂として成立するっしょ)
そしてそういう人格を持つ"指導者"は沢山いる。



音楽に対する溢れんばかりの愛→狂気という構図はクリシェだけど、
それが私が「観たいと思う」映画なのだろう。
セッションでは誰一人、心底音楽を愛しているように思えない。
成功の道具や、虐待の道具、またその虐待に歯向かうための道具にしか
していない。名のある音楽家たちがこぞってこの映画を批判するのも納得。
私も素直にこの映画に"馴染め"なかった。
だけどラストシーンはそれこそ損得を越えた純粋な音楽の表現によって、
それまでの二人の関係なんてどうでもよくなるほど、
音楽の神が降りてくる様を見せている。
だからやっぱり、あのラストのラスト、数分間は、
音楽の崇高さとスピリチュアルを全力で見せつけられている気がして
とても惹き付けられた。
 
 
プロフィール
 
 

Coco Iijima

Author:Coco Iijima
ヒップホップ・アクティヴィスト
1990年 東京生まれ

気になることあったらコメント、
またはメールaaliyahr.kelly2001@gmail.com ください。
大歓迎です。お仕事のご依頼も上記アドレスまで。

 
 
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